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人を見た目で差別しちゃダメ! ゼッタイ!
などといくらキレイ事を言ったところで、やはり人間、見た目がすべてなのだと改めて痛感した。
有り金をはたいて結婚相談所に申し込み、メンズ・エステや話し方講座、洒落た服のコーディネイトに至るまで準備万端整えてようやく紹介された相手との初顔合わせに臨んだものの、またもあっけなく相手側からのお断りの連絡が入った。
これで88人目だ。末広がりでこりゃめでたい……わけがないっ!
「人間、見た目じゃないよ」とさも優しげに俺の肩を叩く慰めモードの奴はたいていイケメンないしはフツメン以上、これまでの人生において容姿で悩んだことなどない輩なのだ。その慈悲に満ちた笑顔には勝者の余裕と優越感が漂う。
「自分をブサイクなんて思っちゃダメだ。容姿なんか気にすんなって。大切なのは自分に自信を持つことさ」などと得意げな上から目線で俺の意識改革を促す奴らにも言ってやりたい。
自らの容姿を気にする俺がダメなんじゃなくて、俺がイヤでも容姿を気にしてしまうような美男美女がとことん優遇されるこの不公平な世の中の方が変革されなくてはならないんじゃないのか、と。
だが、そんなことを口にすれば「僻むと余計ブサイクになるよ」とトドメの一撃が来るので黙っているしかない。好きでこんな容姿に生まれたわけではないのに。本当に俺は前世でどんだけ業の深い悪行に手を染めたのかと嘆くほどの人生ハード・モード。
そんなこんなで傷心の俺は友達もいないので、休日に独りで観覧者に乗って下界を見下ろしつつ人知れずさめざめと泣くことにした。顔面偏差値の低い人間は泣くとさらに悲惨なことになり、周囲からは「キモい」と嫌悪され、同情よりも恐怖を誘うためにおいそれと人前では泣けないのだ。
券売機でチケットを買い、やってきたゴンドラの一つに乗りこむと、そこにはなぜか既に先客がいた。俺が腰を下ろした向かい側に一人の美女が座っていたのだ。
「では、ごゆっくりどうぞ」
係員が外側から鍵をかけると何事もないように俺と美女の乗るゴンドラを送り出していく。
俺は思わず「まだ人が乗ってますよ。この方を降ろさないといけないんじゃないですか」と声をかけようとしたが、ゴンドラはあれよあれよという間に地上から遠ざかってしまった。
「はじめまして」
透き通った美しい声に俺は思わず窓の外から室内に視線を移すと、純白のローブを身にまとった美女が静かに微笑んでいた。その背後からは神々しいまでの後光が射し、女神か天女のように全身を輝かせている。とてもこの世のものとは思えなかった。とうとう俺も幻覚を見るに至ったかと暗澹たる気持ちになった。
「私は時空を司る女神です」
俺は彼女が何を話し出したのか理解できずポカンとしていた。
時空の女神は重ねて言う。
「私は全宇宙の時間と空間を支配する存在です」
「ええと、あなたが女神様なのは見ればわかりますけど、その全宇宙の時空を支配するお方がどうして俺の前に現れ、しかもこんなしがない公園の観覧車なんかに乗っていらっしゃるのですか?」
「あなたが私を呼んだからです。それに私が今いるこの場所はしがない公園の観覧車ではありません。〈時空の車輪〉といういわば世界改変の中心です」
もう何が何だか意味がわからない。だが、俺はこの自称女神様との会話を楽しんでもいた。こんな美女とお近づきになれる機会はおそらく二度とない。
「俺があなたを呼んだ?」
女神は頷く。
「今あるこの世界そのものを誰よりも嫌悪し、改変してしまいたいと、あなたは強く念じながら、この〈時空の車輪〉へと訪れました」
「それって、つまり、俺が美男美女ばかり美味しい思いをするこんな世界なんかとっとと終わっちまえって思ったこと?」
「そのとおりです。あなたの強い願いが宇宙に聞き届けられ、私が降臨しました」
「じゃあ、あなたの力で世界は変えられるってこと?」
「はい。あなたのお望みどおり、美男美女が優遇されるのではなく、あなたのように容姿に恵まれなかった方々が優遇される世界へと」
わかってはいるものの美女から面と向かって「容姿に恵まれなかった」と真顔で断言され、俺は素直に喜んでいいのかどうか複雑な気持ちだった。
「まあ、いいや。とにかく面白そうだから、その世界改変ってやつをやってみてください」
「かしこまりました」
時空の女神は両手を頭上に掲げると関節の外れた蛇のようにくねくねと両腕をクロスさせた。途端にゴンドラが凄まじい速度で旋回を始め、窓の外はいつのまにか宇宙空間に変わり、目の前を無数の銀河が飛び過ぎていった。
俺が気を失いかけたところで女神の腕はピタリと止まり、ゴンドラも旋回をやめた。窓の外もいつもと変わらない白い雲の浮かぶ青空に戻っている。
「終わりました。では、ごきげんよう」
そう言った途端に女神の体が透け始め、跡形もなく消えてしまった。
俺が呆然と座席に腰を下ろしていると、いつの間にかゴンドラは地上に到着していた。
係員が外から鍵を外してドアを開くと言った。
「またのお越しをお待ちしております」
公園からの帰り道で確かに世界は一変していた。
まず電車の中や街中にあふれる広告がそれまで美男美女の人気俳優が主流だったものがいつの間にか見たこともない容姿の残念な男女に差し替えられていた。
家に帰ってテレビをつけると、テレビドラマで主役を演じる芸能人は軒並み「容姿に恵まれなかった人々」になり、逆にこれまで自らの残念な容姿で笑いをとっていたお笑い芸人はとびきりの美男美女になっていた。
彼等の容姿そのものが変化したのではなく、世の中の価値観が変わったため、役回りが入れ替わったのだ。
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