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翌日、会社に出社すると俺に対する皆の態度も一変していた。
社内ですれ違う若い女子社員からは憧れの目をもって見つめられ、俺よりも遥かにハンサムな男達からは羨望と嫉妬の眼差しを痛いほど受けた。
昨日まで俺を嫌っていた女子達に試しに微笑みかけてみると、彼女達は一様に頬を染め、はにかみながらも嬉しそうに微笑み返してくれた。なんて素晴らしい世界なのだ、と俺は思わず心の中で快哉を叫んでいた。
俺には実は水本さんという社内に憧れている女子社員がいた。明るく利発そうで仕事もよくできるうえに顔もスタイルもよく、生まれも良家のお嬢様という非の打ち所のない女性だった。それまで高嶺の花過ぎて俺は近づくことすらできなかった。
でも、今は違う。
俺はブサイクのままだが、世界の価値観そのものが変化して世間も羨む超絶イケメンとなったのだ。
「やあ、おはよう」
俺は廊下ですれ違い様、水本さんに堂々と挨拶した。
水本さんは俺の顔を見るとそのつぶらな瞳を大きく見開いて真っ赤になり「お、お早うございます」と消え入りそうな声で言って、俺から逃げるように駆け出した。
「ちょっ、どうしたの?」
自信に溢れた俺は彼女の腕をつかんで引きとめた。水本さんはますます赤面して俯いた。
「そうだ、今日、俺とランチ一緒にどうですか?」
水本さんは驚いて俺を見た。
「すみません。あの、ふざけているんだったら、やめてください」
「ふざけるって何を?」
「私のような姿じゃ、あなたと釣り合い取れないし……からかっているんでしょ?」
「からかうなんて、そんな……」
そのとき俺は理解した。この世界では人間の容姿に対する美醜の価値観が逆転しているわけだから、当然それまで美しかった人達は醜いということになる。
俺がぼんやりしている隙に水本さんは俺の手から逃れ、廊下の彼方へ走り去っていた。
なんてこったと落胆していると、背後から両手を回して俺に目隠しする者がいた。
「だーれだ?」
どこかで聞き憶えのある可愛らしい声だった。
俺が振り返ると、そこには容姿の恵まれなさでは俺と一、二を争う女子社員である石田さんが微笑みを浮かべて立っていた。俺は思わず「ひっ!」と小さな悲鳴を上げて飛び退いた。
「あんなブチャイクな子、ほっといて、私とお昼しましょうよ、ねえ、いいでしょ? 私とだったら美男美女でお似合いじゃない?」
俺は恐怖のあまり全速力で逃げ出していた。世界が変わっても、これでは何のメリットもないじゃないか。憧れている美女からは逃げられ、自分と容姿が同等かそれ以下の人間しか寄って来ないのでは。
俺は仕事どころじゃないとそのまま会社を早退し、あの公園の観覧車へと駆けつけた。チケットを買って乗りこむと、果たして女神は再びゴンドラの中にいた。
「ごきげんよう。また逢いましたね」
優雅に挨拶する女神に俺は少し腹を立てながら言った。
「世界が変わったところであまりメリットがないばかりか、自分の憧れていた女の子には逃げられてしまって……だから、世界をまた変えて欲しいんです」
「どんな風にでしょうか?」
「もう容姿の良し悪しで人間を判断することのない世界に変えてください。やっぱり人は見た目じゃなくて心が大切だと俺は気づいたんです。人と人が外見に翻弄されることなく気持ちで繋がり合えればきっともっと平和で優しい世界になると思うんです。だからお願いします」
「わかりました。ではお望み通りに致します」
俺は地上に着いた観覧車から喜び勇んで飛び出すと、そのまま会社に舞い戻り、終業時刻までビルの外で水本さんを待ち伏せすることにした。今度こそ、俺の本当の気持ちを彼女に伝えるために。
かくして仕事を終えた水本さんがビルから出てきた。俺は柱の陰から彼女の前に飛び出すと、とびっきりの笑顔で彼女に向かって「あなたが好きです。愛しています」と叫んだ。
まるで恋愛映画の主人公のようではないかと自己陶酔するのも束の間、次の瞬間、俺は頬に熱い衝撃を受けてぶっ倒れていた。水本さんに頬をひっぱたかれたのだ。
「見え透いた嘘つかないで。この変態!」
そう吐き捨てると、水本さんは肩を怒らせて歩き去った。
そのとき俺は理解した。この新たに改変された世界では外見や言葉が重視されない代わりに人の心が目に見えるように互いに伝わってしまうのだということを。そして、水本さんの前に立った俺は言葉とは裏腹に卑猥で邪な心に満ちていた。
結局、俺は外見だけではなく、心も残念な男に他ならなかったのだ。
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