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第1話:夏休み
外に出ると、むわっとした空気が肌にからみつく。
「あっついわねー!」
橋田が顔をしかめた。周りを歩く児童達も、口々に「暑い」とぼやいている。
おれは黙っていたけど、同じ気持ちだ。どこからか鳴り響くセミの声が、日差しをより一層強めている気がした。
「えへへ~」
一方、芙美花はとてもご機嫌だ。
スキップでもはじめそうな足どりで、おれと橋田を追い越す。かと思いきや、こちらを振り返ってにぱーっと笑った。
「夏休み、だね!」
「……芙美花。それ、さっきから何度も聞いてる」
橋田は呆れたように肩をすくめる。でも、結局は芙美花に調子を合わせるように、軽く笑った。
「でも、そうね。今日から、夏休みね」
七月十九日。
今日は、一学期の終業式だ。たった今、黒田先生に送り出され、教室を出たばかりだ。
「……この校門も、しばらく通らなくなるんだな」
と、レンガ造りの校門を見てつぶやくと、橋田が「えっ?」と目を丸くした。
「プール、来ないの?」
「ああ……」
思い出した。
そういえば学校のプールが、毎日開放されるんだっけな。
午後一時から三時までのあいだ、この学校の児童なら好きに使えるんだった。先生や保護者が監視係になるのがお決まりで、うちのじいさんも、何回も当番になっていた。
毎年ずっとやっていることなのに、おれは一度も参加しなかった。歩と遊ぶときは、きまってどっちかの家だったから。
「……芙美花は、行きたい?」
ちょっと考えてから、おれは芙美花に聞いた。
芙美花は運動が苦手だから、どうかな……と思ったけど、こくっと可愛らしいうなずきが返ってきた。
「杏子ちゃんもいるし、静彦くんとも遊びたい! ゆずちゃんも、来る?」
「うん。さすがに毎日じゃないけど……連れてけーってうるさいだろうから」
「やった~! じゃあゆずちゃんとも遊べるね」
……ってことは、女子三人に囲まれるのか、おれ。
気恥ずかしく思ったけど、そうでもないと気づく。
前に、キックベースに誘ってくれた男子達。彼らとおれは、ちょっとずつ仲良くなってきた。今では休み時間になると、むしろ芙美花や橋田と一緒にいる時間が減ったくらいだ。
前川と横山も、一度くらいはタイミングが合うだろう。
「それ以外でも、遊ぼう。もうすぐ夏祭りもあるし」
思いきって、誘ってみた。
八月三日と四日は、町の夏祭りだ。けっこう大きな祭りで、外からもたくさん観光客が訪れる。ふだんはのどかな田舎町が、打って変わって騒がしくなるのだ。
夏祭りに行こうという話は、れんげ荘のみんなとも出ているくらいだ。
橋田もにっこり笑ってうなずいてくれた。そして、何かを思い出したように「そうだ!」と声をあげる。
「近藤も、夏祭り行けるってさ」
「えっ」
おれと芙美花の声が、ぴったり重なる。
「昨日、電話かけてみたのよ。“父さんにお願いしてみたら、『えっ!? そりゃ行くだろ!?』って、むしろ驚かれた”……ってさ」
「……きゃぁぁ~っ」
あまりの嬉しさに絶句したおれだが、芙美花が代わりに叫んでくれた。はしゃぐあまり飛び跳ねている。そんな芙美花を、橋田がなだめていた。
「よかったな」
橋田に声をかけると、めずらしく照れたようにうつむいた。でも、結局はうなずいて、歯を見せるようにニッと笑ったのだ。
おれ達を照らす、まぶしい夏日。
さっきはうっとうしく思っていたのに、今は清々しい気持ちに満たされていた。
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