時をかける恋

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「特別よ。みんなにはナイショ」 養護教諭がヤカンからグラスに飲み物を注ぐ。 氷がパシリと鳴った。 消毒と少しの正露丸の匂い。 白いカーテンが緩やかに揺れ、太陽の光が差し込む。 白い壁、真っ白でパリッとしたリネン。 小学校の保健室、僕たちは隣同士に並んだベッドに上半身を起こし座っていた。 「はい、サチちゃん。はい、亮二くん」 受け取ったグラスに光が射して、まっさらなシーツに影絵を映した。 「わー、キレイ」 「うん。ほんとうにキレイ」 僕たちは笑ってグラスに口をつける。 外からは僕たちが出るはずだった水泳の授業の騒めきが聞こえた。 「サチ、ついに完成したよ。約束を守れなくて本当に申し訳なかった」 サチの墓前で正座し、頭を下げた。 白髪が額にかかる。蟀谷(コメカミ)に汗が流れた。 濡れた墓石が夏の日差しで急速に乾いていく。 墓地をぐるりと囲む杉林で鳴く蝉の声と、仏花に飛ぶ蜂の羽音が聞こえる。 何故か、あの時のあの飲み物の色について、度々サチと議論になった。 「お父さんは何を言っているのかねぇ。イチゴ水よ。絶対にピンク」 子供達を味方につけてサチは主張した。 「麦茶の茶色だって。ヤカンからイチゴ水なんて変だろう? ミーにゃんもそう思いまちゅよねぇ?」 僕は腕に抱いたネコに同意を求めたが、彼はそっぽを向いた。 幼馴染のサチと結婚し、子宝にも恵まれた。幸せで平穏な暮らしだった。 サチの献身的な支えのおかげで、僕は世界的に有名な科学者になった。 子供達が独り立ちし、二回目の夫婦二人暮らしを始めた初秋にサチの病気が見つかった。 告知を受けた診察室、自分の子供達よりも若い医師と看護師の前でサチを抱きしめながら、恥じらいもなく泣いた。 二人で診察室を後にする。うな垂れる僕の手をサチは握る。 「あの保健室に似ていたわね、診察室。私、絶対にイチゴ水だったと思うわ」 サチの心配をしていた僕の脳に、年月が経ちすぎて希薄になった小学校の校舎が浮かび上がる。 「……。そうだね、サチ。イチゴ水だったかもしれないね」 車に乗り込むまで一言も口をきかなかった。 「麦茶だってどうして言わなかったの? 私が可哀想だから話を合わせたの?」 シートベルトを締めながらサチは言った。 「そんなつもりは……」 「亮二君、私は今ここに居て生きているの。だから、まだ、悲しまないで」 「……」 「…サチ、もし僕がタイムマシンを作ったら、あの日の保健室の飲み物を一緒に見に行ってくれないかな?」 「わぁ、すごく楽しそうね! ヨシ! お互いに頑張らないとね!!」 タイムマシンはサチの四十九日法要の後に完成した。 杉林から一陣の風がふき、強い線香の匂いが鼻先を叩いた。何か大切なことを思いつきそうだ……。 「あぁ! 僕は何てバカなんだ!! 謝る必要ないじゃないか!! こんなことに気付かないなんて科学者失格だ! サチ、君を迎えに過去へ行くよ! そしてそのまま、あの時の飲み物が何だったのか見に行こう! ピンクか茶色か、いざ勝負だ!!!」 もう一度、墓に手を合わせる。 「あの世に一人で寂しいだろうが、僕はこの世で、もう少しだけ君と遊んでいっても良いよね」 早くタイムマシンに乗りたい。僕は居ても立っても居られなくて、車に向かって走り出した。 完
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