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摩天楼の夜景が蜃気楼のように浮かぶスラム街、路面を濡らす雨水はネオンの明かりを反射して、まだら模様の波紋を描いていた。
排水溝から立ち昇る蒸気で霞む空には、サイレンを鳴らすポリスドローンがライトを照らしながら飛行するのが見えた。
狭い路地で傘を差した人々が往来する中、防水コートを着込んだ女がひとり、その雑踏の合間を縫いながら、目的の場所に向かっていた。
耳にはめたマイクロデバイスから無機質な声が聞こえてくる。
「六十六番街にトランスビーストが出現。すぐに急行するように」
「……了解しました」
女は雑踏の中で肩がぶつかると相手に「ちっ」と睨まれたので、急いで手帳を見せて一言詫びた。
「ごめんなさい、警察の者です。急いでいるので」
やがて目的の場所に近づくと、逃げ惑う民衆の姿と悲鳴が聞こえてきた。押し寄せる民衆の波に逆らうように、ゆっくりと進んでいく。
目の前に現れた者は、体からぬるりとした六本の触肢を生やした、蜘蛛のような異形の怪人。触肢にはぼろぼろになった衣服の残骸がぶら下がっていた。
顔面に並ぶ六つの目玉が、同時に女のほうをぎょろりと睨んだ。
女はコートのポケットからタブレットを取り出し、右手にデジタルブラシペンを握ると、画面に絵をすらすらと描きはじめた。
「ドローイング、『騎士の憂鬱』」
その怪人は触肢に刺さった残骸を投げ捨てると、よだれを垂らしながら女に向かっていった。六本の触肢が上下左右から襲いかかる。
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