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契約
「何でもすると、そう言いましたよね」
片目から一筋涙を流しながら、そう朱里は真斗に確認する。
頭を地面になすりつけたまま真斗ははい、とくぐもった声で答えた。
「結婚して下さい」
予想だにできなかった言葉に真斗は思わず顔をあげる。
目の前の美しい女の心が誰の手にも寄っても再起不能なまでに壊れていたことを自ずと知る。
「生涯、貴方を私は縛ります。これから先、貴方に愛する人ができても、大切な人ができても、一緒に過ごすことも、まして添い遂げることも許しません。私が受けた苦しみを貴方が受けて下さい。貴方の兄が犯した罪を貴方がかぶるというならば、償いたいというならば、結婚して、苦しんで下さい。」
生涯をかけて。
ただ薄く口を開け、朱里を見上げることしかできなかった真斗はしばらくするとゆっくりと顔を動かし、ひどくいびつな笑みを浮かべた。
青白い頬に横皺が広がり、澄んだ瞳が朱里を突き刺す。
優しげな笑みだった。
「貴女はそれでいいんですか」
いいのだろうか。
朱里はそう自問自答してしまう。
賢い彼女にわからないわけがなかった。
彼に罪はない。
こんなことに意味はない。
罪があるとしたら彼の兄だ。
けれど、いなくなってしまった。
行き場のない怒りと苦しみだけが朱里の中に残った。
それはきっと真斗も同じこと。
彼は生涯、人殺しの弟として、禁忌を破った魔法使いの弟として生きていくことになる。
彼は加害者じゃない。
被害者だ。
でも、もういいじゃないか。
朱里はそう決めつける。考えることに、疲れてしまった。
嫌になった。
自分はこの行き場のない怒りのやり場を求めていて、目の前の男は己の罪悪感を拭う場を求めている。
ならば、もういいじゃないか。
「契約を。」
冷たく告げた朱里に、真斗はひび割れたガラスのような笑顔でうなずく。
「貴女が、望むなら。」
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