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はじまり
あたしはそこにあった古いこん棒を拾いあげ、肩に担いだ。
「ねぇ、やっぱり鬼退治に行く」
そう言ったあたしに、ママとパパは驚いてギョッと顔を上げた。
緑の芝生の広がるお庭の先にある、小さくてかわいいケーキ屋さん。
大好きなあたしのおうち。
「えぇ! なんだって?」
大きな小麦粉の袋から、今日使う分だけのとりわけ作業をしていたパパは、今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。
「やめてよそんなこと、ももちゃんのすることじゃないでしょー!」
手伝っていたママも、呆れたようにため息をつく。
「だからさぁ、そういうことは他の人に任せておけばいいんだって、あれほど……」
「だって!」
だって、あたしのこの大切な世界が滅びようとしているんだよ。
そんなのほっとけないし。
「ごめん、もう決めたから。行くね」
散々考えた。
もう何日もそのことで頭がいっぱいで、全然眠れなかった。
あたしに出来ることなんて、本当にちっぽけで役立たずで、なんの意味もないことなのかもしんない。
だけどこのまま何もしないで終わるのは、本当にイヤだったの。
「ちゃんと帰ってくるから」
あたしの決心に、ママはふぅとため息をついた。
「日が落ちる前には帰って来て」
パパはそんなママに対してキーキー文句を言って怒ってるけど、ママは気にしない。
「これ、ママとパパで焼いたクッキー」
小さなころから食べている大好きな手焼きのクッキー。
ガラスのショーケースの上にいつも飾られている。
かわいくラッピングされたその一つを、ママはあたしに手渡した。
「お腹が空いたら、これを食べなさい」
「うん」
「今夜はシチューにするから」
「分かった」
ママはいつだって、あたしの一番大事なことを分かってくれる。
あたしの大好きなご飯が、とろけるような甘いシチューだってことも、ちゃんと知ってる。
「じゃ。遅くなっても心配しないで」
武器はこん棒一本、服は学校の制服で十分。
制服って、本当は戦闘服なんだと思ってる。
「ママは言ってることと、やってることが矛盾してます!」
まだ怒っているパパの隣で、ママは笑顔で手を振る。
よく晴れた月曜の朝、あたしは鬼退治を始めることにした。
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