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1.出会い
「……ええ、ということで、今日から諸君は、我が法科大学院の学生として、司法試験合格に邁進し、立派な法曹として社会に羽ばたくことを、私たち教職員一同、心から期待しております。是非とも、悔いのない学生生活をお過ごしください。私からは以上です」
そう言ってマイクを教卓に置いた白髪の老教授は、たくさんの教員の着席する教員席の一つへと腰かけた。ふーと、なにか大役でも果たしたように、大きく息を吐き出している。
「それでは、これにて入学歓迎行事、教員と学生との顔合わせの会を終わりたいと思います。授業は来週からスタートですので、予習復習や提出課題、司法試験に向けた対策など、これから大変忙しくなるでしょうが、みなさんならきっと、この困難に打ち克ち、最終目標である司法試験合格までたどり着けると信じています。それでは、これをもちまして、本日は解散ということにいたします。みなさんお疲れ様でした。ネットで履修登録をするのを、忘れないでくださいね」
職員もそう言ってマイクを置くと、十数人もいた教員たちがぞろぞろと部屋から出ていき、その後に付き従うように、職員も部屋から退出した。
残された十五人の学生たちも、そのうちの誰かが立ち上がると、のそのそと帰り支度を始め、友人と談笑をしながら、家路につく者、図書館に向かう者、食道に行く者など思い思いの考えを胸に、その教室を後にしていった。
そんなありふれた学生の光景を、窓側の最後列で仔細に観察していた男が一人、いた。神崎満である。満はその光景に、自分がこのK大学の一員になったという事実を、ひしひしと恍惚の表情で噛みしめていた。
「ついに、俺もこんなところまできたんだな」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりとつぶやく。満はふと、燦々と輝く太陽の光を追うように窓の方に目をやると、紫色のつるが絡みついたような校章を掲げる大学が視界に入った。すると満は、
「ちぇっ!」
と軽く舌打ちをして、そこから目をそらし、今日の日程が書かれた黒板に視線を移した。
「履修説明会、学内案内、TA紹介、資料説明、教員との顔合わせ」
白いかすれたような文字が目に入る。満は改めて、自分がこのK大学の学生であることに満足を感じ、思わず笑みをこぼした。自分がここにいることが、にわかには信じられず、頬を軽くつねって、今が現実であることを確認したりなどしていると、
「あの、なんやすいません?」
「わあ!」
急に話しかけられたので、つい奇声をあげてしまった。満にはいまだ、この大学に友人などいないはずで、それも女性の声だったので、なおさら驚きが増してしまった。
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