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満は、コホンと、軽く咳払いをして体勢を立て直し、
「はい、なにかご用ですか?」
「いや、そんなたいそうなもんでもないねんけどな」
相手の女性は、はははと苦笑するように笑って、
「あの、実はウチちょっと遅れてしもうて、履修説明ちゃんと聞けんかったんよ。それでここなんやけどな……」
そう言うと女性は身を乗り出すようにして満の机に寄りかかり、顔もあと数十センチでぶつかるかと思われるほど接近してきて、そのふわふわとした鮮やかな栗毛から、心地のよいシャンプーの香りが、満の嗅覚を刺激した。
「う、うん。そこはねえ……」
それでも満はつとめて顔には出さず、女の髪のにおいなど嗅ぎ慣れているとでもいうかのように、少し威張ったような態度も見せながら、彼女の質問に的確に答えていった。
三つくらいの質問に答え終わると、彼女はすっと頭を起こし、
「うん、ようわかったわ。親切に教えてくれて、ほんまにありがとうな!」
と、はじけるような笑顔を満に向けた。
これには満もドキッと心臓が跳ね上がるのを体内で感じたが、これもなんとか表情には出さず、やれやれといった仕草をしてみせ、
「別にいいよ、これぐらい。たいしたことでもないしね」
幸い言葉を噛んだりもせず、傍から見ればとても女性経験に乏しいようには見えないだろう。西日がちょうど彼を照らしたこともあって、一見、グラビアのモデルのようだった。
ちらと彼女の表情をうかがうと、彼女はぽかーんと口を開けて、しばらく黙っていたが、急に口元を手で覆ったかと思うと、ふふふと笑い出し、
「あんた、なんやおもろいなあ」
そしてまた口を押さえ、くすくすと笑う。
これには満も面食らって、恥ずかしいやら愚かしいやらそんな負の感情をかき消すためにも、つられるようにして一緒に笑った。やけくその笑いだ。
「なんやちょっと安心したわ。東京にもおもろい人がおるんやね。ウチついこないだ大阪から出てきたばっかりやから、少しだけ不安やって」
「あー、だから関西弁なんだ」
「そうやねん。やから、もし嫌やったらごめんやで。できるだけ東京の話し方になじめるようにするから、しばらくは堪忍な」
「そんなこと気にしなくていいと思うよ。別に聞いてて不快じゃないし、その方が話しやすいでしょ?」
すると彼女は目を見開いて、キラキラと輝くような澄んだ瞳で、彼を見据えた。
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