5人が本棚に入れています
本棚に追加
「ほんま⁉ ほんまにええの⁉ 聞いててうざいとか思わん?」
満はちょっと考えるような素振りを見せて、また口を開いた。
「うん。別に俺は気にしないかな。他の人はどうか知らないけど」
彼女は見開いていた目をパチパチさせて、開いていた口を引き結んだ。
「そうか。なんや嬉しいなあ。東京でそんなこと言われるなんて。ちょっと、こっちでやっていく自信出てきたわ。え、……えーっと、名前、なんやっけ?」
満は思わずズッコケそうになったが、そういえばまだ学生同士の自己紹介をしていないことに気づき、多少の恥ずかしさを押し隠しながら、重い口を開いた。
「か、神崎満、……です」
こうも改まって姓名を聞かれると、どうも肩に力が入って、語尾を敬語にしてしまった。言った瞬間、しまった! と思った満だったが、時すでに遅しで、さすが大阪人だけあってすかさず、「なんで敬語なん?」というツッコみを彼女に浴びせられた。
「ほんまに、神崎くんっておもろいねえ」
と、ひとしきり笑い終わると、彼女は急に真面目な顔をして、
「ウチは、坂口七海、……です!」
と、満のさっきの言い方を再現して、そうしてまた一人であははと笑っている。
満はどうも彼女のペースについていけず、ただ呆然と抱腹絶倒している彼女を観察していると、急に笑いを止めて、自分のリュックを背負ったかと思うと、くるっとこちらに振り向いて、
「ほんまに、今日は色々とありがとう。ウチ、こっちきてこんなに笑ったの初めてやわ。正直、さっきまで不安でいっぱいやってんけど、神崎くんのおかげでロースクール生活、楽しみになってきたわ。明日からもよろしく、仲良うしてな。それじゃあ、また明日ね!」
矢継ぎ早にそう言い残すと、さっさと教室から出ていった。満の周りにはいつの間にか誰もいなくなっていて、暗くなった教室を残りわずかの西日が照らす。満はどっと疲れを感じて、崩れ落ちるように席に座った。そして先ほど聞いた彼女の姓名を、半ば無意識で何度も呪文のように口ずさんでいた。
「坂口七海、かあ」
最後にもう一回だけ、彼女の名前を口にすると、なにか思い出し笑いみたいな苦笑がこぼれて、
「ついていけそうにねえ……」
口からついたのはそんな言葉で、一気に体の力が抜けて、そのまま机に突っ伏した。満が疲労を感じたのは久しぶりのことだったが、疲労は疲労でも、特段、嫌な疲労というわけではなく、それが、運動をした後に感じられる爽快感に似ていたのは、満にとって不思議だった。
最初のコメントを投稿しよう!