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2.朝比奈未来
一週間がたって、ついに今日からロースクールでの生活が始まる。
満は気を引き締め、自分の入るべき教室の前で大きく深呼吸した。この中には、自分の知らない異空間が広がっていて、ちゃんとついてくことができるのか。勉強の意味でもそうだが、全く知らない人間関係に入って行かなければならないという状況も、彼の不安の種になっていた。まるで自分の村から、全然違う村に迷い込んだかのような心細さを感じながら、えい! と自分に気合いを入れてその教室のドアに手をかけると、
「神崎くん、何してんの?」
「わあ!」
またしても奇声をあげてしまい、その声の方に振り返ると、七海が不思議そうな顔でこちらを見ていた。満は乱れてしまった襟をちゃんと正すと、コホン、と一つ咳払いをして、
「え、えっと、……心の準備を」
「え? 神崎くんも緊張してるん? てっきり東京の人やと……」
「いや、東京ではあるんだけど、その、この大学は、初めてだから……」
それを聞いて、あー、と七海は大きくうなずくと、
「なら、はよ友達作らなあかんね。お互いがんばろな」
そう言うと、はつらつとした感じで彼女は教室のドアを開けた。もう中にはほとんどの学生が来ていてるようで、この講義で指定された教科書を読んでいたり、判例百選に目を通していたりと、ふつふつと勉学の雰囲気が、辺りには充ち満ちている。
満は、さすがK大学だ、と、自分が学部で過ごした大学の風景を思い出して、そのあまりの学風の違いに、驚きと情けなさでいっぱいになって、近くの席に座り、彼らに負けじとカバンから先ほど購入した分厚い民法の教科書を取り出した。この時間の講義科目は、民法(Ⅰ)なのだ。
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