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ところが、とりあえず、その分厚い本に一通り目を走らせてみたが、なにぶん法学の経験のない彼にはほとんどよくわからず、それでも読むのをやめる気にはならなくて、もはやただの文字の羅列としか思えない文章を頭に読み込んでいると、妙な興奮が頭の中に生まれてきた。わからないのに、周りの秀才たちと肩を並べられているような気がして、自分の能力がぐっと押し上げられていくような心地よさだ。
「来てよかった……」
そんなことを思いながら、満は変な「ゾーン」に一人でひたっていると、横から楽しそうに話す七海の声が耳に入って、ちらとそちらを向いてみると、その隣に、さらさらとした黒髪が美しいセミショートの女性が目に入った。
「坂口さん、もう友達できたのか」
さっきまで、お互いがんばろう! とか言っていたのに、行動と成果が早すぎて、その彼女の高い社交性に素直に感嘆し、多少の羨ましさも感じたが、いや、俺は勉強があるんだと、改めてよくわからぬ教科書に目を戻すと、
「あ、神崎くん、もう教科書買うたんやねえ」
「え?」
顔を上げると、そこには七海と、彼女と楽しそうに話していたセミショートの女性が立っていた。少し耐性ができてきたのか、今回はそれほど驚愕せずにすんだ。
「う、うん。さっき生協の本屋に寄ってね。一応、シラバスで指定されてたから」
「ふうん、そうなんだ?」
「う、うん。って、あの……」
言い終わると急に、その彼女がのぞき込むようにして、満の本に顔を近づけてきたので、思わずのけ反るような体勢になった。もう少しで、エビ反りになるところだった。それでも、目の前に彼女の綺麗な黒髪があって、その一本一本が丁寧に手入れされているのがわかるくらいの距離でもあるので、満はそれ以上動けず、一時停止の状態となった。
「あ、これ塩谷先生の本じゃん。すごいね神崎くん。もうこんなの読んでんだ!」
そう言って彼女は、顔を上げて尊敬のまなざしを満に向ける。その瞳があまりにも綺麗なので、危うく吸い込まれそうになりながら、満はちょっと視線をずらして、
「い、いや。シラバスに載ってたの、適当に選んだだけだよ。ほら、何冊か挙げてあったでしょ?」
すると、彼女は、「え?」 と小さくつぶやいて、さっきまで尊敬できらめいていた瞳を、今度は心配の色に変えた。
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