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「あの、そういえば、君、名前は……?」
満が言うと、一瞬場が静まりかえり、そして、どっと笑いが起こった。
「あはは! そうだったね。まだ名前名乗ってなかった。ゴメンね、なんか色々と偉そうに」
「ウチもてっきり、紹介するの忘れとったわ」
和気あいあいとした空気が、二人の間に流れる。本当にいつの間に七海はこんなに仲良くなったのだろうか、と満は不思議だった。
「あたしは、朝比奈未来。学部もこのK大学で、文学部だよ。まあ、内部進学ってやつだね。一応この大学に入って五年目だから、わかんないことあったらなんでも聞いて? じゃあ、神崎くん、これからよろしくね!」
未来はそう言うと、勢いよく右手を突き出してきたので、満も思わず手を出して握手してしまった。が、彼女の手が妙に暖かくなめらかなので、満は心臓が破裂しそうになった。
「へー、未来ちゃん文学部やねんねー。それやのによくロースクールのこと知ってるなあ」
満がドキドキしている間に、彼が抱いていたもう一つの疑問を、七海が未来に提示した。
「ああ、それはね、既修者に一人知り合いがいてさ、その人に色々と教えてもらってるんだよ」
「知り合い?」
「うん。国立大学出身で、めっちゃ頭いいんだ。……そうだ! 今日のお昼、その人に会う約束してるんだけど、よかったら二人も来ない? きっと色々ためになると思うよ」
それを聞いて、せっかくのお誘いだけど、と満は断ろうと思った。同期ともまだ仲良くなっていないのに、そんな一個上の人と一緒にお昼なんて。それにその人は既修者で、しかも国立出身の秀才ときているのだから、馬鹿にされやしないかという心配もあった。だから、
「あ、あの、俺はちょっと用事が……」
と、勇気を振り絞って言いかけたが、満のそんなか細い声などかき消すくらい元気な声が、近くで大きく放たれた。
「行く行く! ぜひ行きたいわ! ウチもまだローのことよう知らんし、一人でも多く友達できるんは嬉しい!」
そして七海はキラキラした瞳で満に向き直って、
「もちろん、神崎くんも行くやろ?」
「え、俺は……」
ここまで場を作られてしまっては、もう反論する方が面倒くさいような気がして、本当は何の予定もないので、白旗を揚げるように満は右手を上げた。
「じゃ、じゃあ、……俺も」
「よし! じゃあそうラインしておくね。彼も友達ほしいって言ってたからちょうどいいわ」
「彼? 未来ちゃんの知り合いって男性なん? うわー、なんやドキドキするなあ!」
七海はぴょんぴょんと跳ねて興奮しているが、満にはそんなことなどどうでもよく、その会合ではできるだけ会話に参加せず、ひっそりと空気に徹しようと心に決めるのだった。
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