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妻の正体
あれ以来、俺の足は「ヒーロー倶楽部」から遠退いた。
理美の指摘は耳に痛かった。俺は、彼女の優しさに甘え、胡坐をかいていたのだろう。
週末、実家を訪ねたが、門から先に入れてもらえなかった。謝罪と、「ヒーロー倶楽部」について弁明した手紙を送り、その後も何度かメールしたものの、いずれも件名で事足りる程の素っ気ない一文しか返って来なかった。
『誠史さんへ』
小雪の舞う土曜日の午後、スマホが妻からのメールの着信を告げた。改まった件名に、背筋が伸びる。
『今週で介護休暇が終わるので、これから帰ります』
彼女の誤解が解けたのか、怒りはもう消えたのか、なにも答えを寄こさない簡素な文面。
途方に暮れたまま、2時間が過ぎた頃、家の前にタクシーが止まった。
「理美、すまなかった」
迎えに出て荷物を運び込んだ後、俺は居間の床に土下座した。返事はない。
ハッハッ……
突然、生温かい息が耳元にかかる。驚いて顔を上げると、つぶらな瞳の黒い仔犬が小首を傾げている。
「マオっていうの。これで退屈しないでしょ。一緒にお世話しましょうね」
妻はニッコリと微笑んだ。
仔犬に視線を戻すと、首輪に見覚えのあるプラチナメダルが付いている。そこには「暗黒至高帝・理美」という刻印が読み取れた。
【了】
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