目指せ、スペースヒーロー!

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目指せ、スペースヒーロー!

「やぁ、徳長(とくなが)さんも来てたんですね」  休憩ルームで、野菜ジュースを飲んでいると、見慣れた常連さんが現れた。この「倶楽部」の先輩会員の守利(もうり)さんだ。 「ええ。ここで会うのは、久しぶりですね」 「はは……ちょっとだけセーブしてたんです」  彼は、ドリンクカウンターでオーダーしたプロテインドリンクを片手に、俺の隣のソファーに腰を下ろした。この部屋では、ミッション終了後、30分間の休憩を取る。取らなくてはならない仕組みなのだ。VRでヒーローになった直後は、脳内に普段より多くの快楽物質が分泌されている。ヒーロー気分で高揚したまま現実に戻ると、ついつい気が大きくなってトラブルを起こす危険性があるらしい。任侠映画を観た直後、映画館を出てきた男達が、軒並み肩で風を切ったり無口になる、あの現象と同じことだとか。そんな理由から、この店ではクールダウンを含めて「1セッション」になっているのだ。 「セーブですか」  休憩ルームでは、アルコール以外のワンドリンクが無料で飲める。俺は最近、野菜ジュースがお気に入り。実に健康的だ。 「先月、ちょっとオプションにつぎ込み過ぎちゃって」 「というと、銀河ステージに移られたんですね?」 「いや、お恥ずかしながら、まだ土星を攻略出来てないんですよ」  俺達が登録しているヒーローコースの最終目標は、森羅万象の力を取り込んだ最強の「スペースヒーロー」だ。ここに到達するまでには、俺が挑んでいる地球ステージに始まり、太陽系、銀河、大宇宙と4つのステージで平和をもたらさなくてはならない。最初は簡単に倒せた悪者達も、ステージが進むにつれて、強力になっていく。敵を倒すには、必殺技や秘密兵器といったオプションが必要なのだが、これを手に入れるには2通りの方法がある。ミッションで好成績を叩き出して得たボーナスポイントと交換するか、手っ取り早く購入する方法だ。俺は、ミッションではごくごく平凡な成績なので、比較的安いオプションをいくつか買って、ようやっとクリアしているレベルだ。 「3年も通っている守利さんで土星なら、俺なんて何年かかるかなぁ」 「僕も火星までは順調だったんですけどねぇ。木星の魔獣が強かった」  互いに苦笑い。ゴールまでの道のりは遠いが、各会員の能力と資金力でマイペースに攻略出来るのが、この倶楽部の良いところだ。 「そういえば、新しいコースが出来た話、聞きました?」  俺より年下に見える彼は、プロテインでゴクリと喉を鳴らしてから、少しだけこちらに顔を寄せた。 「え? ヒーロー、天下統一、ジュラシックの他に?」 「そうなんですよ。なんでも、世界征服コースだとか」 「世界征服?」  問い直すと、守利さんは眉間にシワを刻んだ。 「シッ! まだごく一部の会員しか知らないらしいんで」 「すみません。で、それってどんな……」 「悪の組織ですよ」 「えっ」 「僕達の真逆だそうです」  彼は、キナ臭さを強調するように声を潜める。 「なんでまた……」 「日頃の鬱憤晴らしが目的なんでしょうなぁ。ここなら、現実に迷惑をかけずに、破壊活動も人体改造も暗黒支配も、やりたい放題ですからねぇ」 「なんだか怖いなぁ」  俺は首を振ると、手元のグラスを空けた。会員の多くは、仮想空間での非現実的な体験を通して、現実で得られない感覚を得ることを主な目的にしている。ということは、危険でダークな衝動を秘めた人々が、世界征服コースに集まってくるかもしれない。 「全くです。ま、僕達は健全なヒーローで、プラチナメダルを目指しましょうや」 「はは。俺の目標は、とりあえずブロンズですよ。そろそろ時間だ。それじゃ、お先に」  各ステージをクリアするともらえる、称号と名前入りの金属メダル。ささやかだけれど、その獲得が当面のモチベーションになっているのは確かだ。俺は挨拶すると、グラスを掴んでソファーを立った。隣室のロッカーから荷物を引き取って、我が家に帰ろう。
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