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ヒーロー登場!
「キャーッ! 誰かぁ、助けてぇ!」
「うわーん!! サツキせんせぇー!」
「ワハハハ! ガキをどんどん連れて行け! 魔獣のエサにちょうどいいわ!」
「いやー! ママぁ!!」
幼稚園が、黒い戦闘服の悪者達に襲われている。門が破壊され、ガラスの割れたベランダから、小脇に抱えられた子ども達が次々に運び出されている。
「誰かぁー、子ども達がぁー!!」
甲高い女の声が絶望を叫んだ、その時。
「トウッ!!」
「グァッ?! な、何者っ……」
大きな影が空から舞い降り、手近にいた黒ずくめの戦闘員を蹴り倒した。
「悪の組織め!! 子ども達を返すんだ!!」
「お、お前は……獣人ジャー!!」
「悪は許さんっ! テヤァーッ!!」
二の腕に生えた羽根を散らしながら、鋭い鉤爪で戦闘員を次々に倒していく。
「あっ、危ないっ!」
少年の悲鳴に振り向くと、タキシードを着た骸骨頭の怪人が、大きな鎌を振り下ろしていた。
「デヤァッ!」
咄嗟にかわして、回し蹴りを繰り出す。キンッ、と金属音が響いて、骸骨伯爵はよろめいた。今だ!
「食らえっ、イーグルサンダーッ!!」
両手を天に突き上げると、どこからともなく黒い雲が沸いてきた。嘴の付いたワシ頭のヒーローは、エイッと両手を骸骨伯爵に向けた。その途端――。
ドドーンッ!!
「ギャアアアァァ……覚えてろ、ジュウジン……ジャー……」
ドカーン!!
鋭い雷に貫かれると、骸骨伯爵は恨み節を残して、粉々に爆発した。
大量の白煙が辺りに漂う。
「君、大丈夫か?」
柔らかな羽根の中には、先ほど危険を知らせてくれた男の子がしっかりと抱かれていた。
「うんっ! ありがとう、獣人ジャー!」
男の子は、埃に汚れた顔を明るく輝かせる。
「ありがとう、獣人ジャー!」
「僕らのヒーローだ!」
いつの間にか、戦闘員に捉えられていた子ども達は解放され、ヒーローの周りに駆け寄ってきた。みんなキラキラした笑顔で、口々に「ありがとう」を繰り返す。
既に雷雲は消え、空はどこまでも青く澄み渡っている。
「さぁ、みんな、サツキ先生が待っているぞ!」
ヒーローが数人の子どもの頭を優しく撫でる。正面から、エプロン姿の女性が駆けてくる。子ども達も一斉に走り出す。
バサリと大きな影が彼らの上を横切った。振り返り、仰ぎ見ると、ヒーローは空高く飛び立っていた。
「獣人ジャー、ありがとー!!」
「ありがとー!!」
「ありがとー……!」
「……ふぅ」
視界一杯に、細かな砂嵐が見える。両手をゆっくり開いたり閉じたりして、感覚を確かめてから、腕を持ち上げる。少し気怠いのは、いつもの通り。
そろそろと両手をこめかみに近付ける。カチリと小さな音がして、装着していたゴツいゴーグルが外れると、目と耳が外気に触れる。
間接照明の仄暗い部屋。無機質な天井は、のっぺりとした薄灰色。目の奥が、鈍く重い。耳の底には、子ども達の幼い声が微かに残っている。
「『僕らのヒーロー』か……」
心地良い低反発マットレスから上体を起こして、独り言つ。V R空間での出来事と分かっていても、気持ちの高揚は止められない。いや、そうじゃない。この高揚感を得るために、俺はここにいるんだ。
側のテーブルに置いたペットボトルを掴み、一気に水分を補給する。脳を介して五感が働いているからだろう。現実の身体はベッドに横たわったままなのに、専用ウェアをじんわり湿らすほどに、心地良い汗をかいているのだ。
ヘッドボードのデジタル表示の残り時間は15分。頭を振って、隣のバスルームに向かう。今夜のミッションも満足のいくものだった。シャワーを浴びながら、思わず鼻歌が漏れた。
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