ヒーロー登場!

1/1
前へ
/6ページ
次へ

ヒーロー登場!

「キャーッ! 誰かぁ、助けてぇ!」 「うわーん!! サツキせんせぇー!」 「ワハハハ! ガキをどんどん連れて行け! 魔獣のエサにちょうどいいわ!」 「いやー! ママぁ!!」  幼稚園が、黒い戦闘服の悪者(ワルモノ)達に襲われている。門が破壊され、ガラスの割れたベランダから、小脇に抱えられた子ども達が次々に運び出されている。 「誰かぁー、子ども達がぁー!!」  甲高い女の声が絶望を叫んだ、その時。 「トウッ!!」 「グァッ?! な、何者っ……」  大きな影が空から舞い降り、手近にいた黒ずくめの戦闘員を蹴り倒した。 「悪の組織め!! 子ども達を返すんだ!!」 「お、お前は……獣人(ジュウジン)ジャー!!」 「悪は許さんっ! テヤァーッ!!」  二の腕に生えた羽根を散らしながら、鋭い鉤爪で戦闘員を次々に倒していく。 「あっ、危ないっ!」  少年の悲鳴に振り向くと、タキシードを着た骸骨頭の怪人が、大きな鎌を振り下ろしていた。 「デヤァッ!」  咄嗟にかわして、回し蹴りを繰り出す。キンッ、と金属音が響いて、骸骨伯爵はよろめいた。今だ! 「食らえっ、イーグルサンダーッ!!」  両手を天に突き上げると、どこからともなく黒い雲が沸いてきた。嘴の付いたワシ頭のヒーローは、エイッと両手を骸骨伯爵に向けた。その途端――。  ドドーンッ!! 「ギャアアアァァ……覚えてろ、ジュウジン……ジャー……」  ドカーン!!  鋭い雷に貫かれると、骸骨伯爵は恨み節を残して、粉々に爆発した。  大量の白煙が辺りに漂う。 「君、大丈夫か?」  柔らかな羽根の中には、先ほど危険を知らせてくれた男の子がしっかりと抱かれていた。 「うんっ! ありがとう、獣人ジャー!」  男の子は、埃に汚れた顔を明るく輝かせる。 「ありがとう、獣人ジャー!」 「僕らのヒーローだ!」  いつの間にか、戦闘員に捉えられていた子ども達は解放され、ヒーローの周りに駆け寄ってきた。みんなキラキラした笑顔で、口々に「ありがとう」を繰り返す。  既に雷雲は消え、空はどこまでも青く澄み渡っている。 「さぁ、みんな、サツキ先生が待っているぞ!」  ヒーローが数人の子どもの頭を優しく撫でる。正面から、エプロン姿の女性が駆けてくる。子ども達も一斉に走り出す。  バサリと大きな影が彼らの上を横切った。振り返り、仰ぎ見ると、ヒーローは空高く飛び立っていた。 「獣人ジャー、ありがとー!!」 「ありがとー!!」 「ありがとー……!」 「……ふぅ」  視界一杯に、細かな砂嵐が見える。両手をゆっくり開いたり閉じたりして、感覚を確かめてから、腕を持ち上げる。少し気怠いのは、いつもの通り。  そろそろと両手をこめかみに近付ける。カチリと小さな音がして、装着していたゴツいゴーグルが外れると、目と耳が外気に触れる。  間接照明の仄暗い部屋。無機質な天井は、のっぺりとした薄灰色。目の奥が、鈍く重い。耳の底には、子ども達の幼い声が微かに残っている。 「『僕らのヒーロー』か……」  心地良い低反発マットレスから上体を起こして、独り言つ。V R(仮想現実)空間での出来事と分かっていても、気持ちの高揚は止められない。いや、そうじゃない。この高揚感を得るために、俺はここにいるんだ。  側のテーブルに置いたペットボトルを掴み、一気に水分を補給する。脳を介して五感が働いているからだろう。現実の身体はベッドに横たわったままなのに、専用ウェアをじんわり湿らすほどに、心地良い汗をかいているのだ。  ヘッドボードのデジタル表示の残り時間は15分。頭を振って、隣のバスルームに向かう。今夜のミッションも満足のいくものだった。シャワーを浴びながら、思わず鼻歌が漏れた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加