3.つまりはそういう事

14/23

8506人が本棚に入れています
本棚に追加
/326ページ
 驚いた。こんな場面で冴島君の素の表情を見ることになるとは。 草埜常務とどんな関係なのかは知らないが、常務には、心を許しているのだなと思った。  常務のおかげでまったりと楽しい時間を持てたが、とはいえそんなに長居するわけにもいかず、ではそろそろと挨拶をする。 「引き止めて悪かったね、入山さん」 「いえとんでもないです。コーヒーごちそう様でした」 「じゃあ、馨介君もまた」 「はい、また」  馨介君、て言った? 言ったよね!?  草埜常務と別れ、二人揃って建物の外に出た。すでに、午後四時を回っている。  明日から七月という、まだ梅雨の最中。 今にも雨が降りそうな、灰色の薄暗い空だ。  気になることは多々あるが、とりあえず、冴島君も会社に戻るのだろうか? 「会社戻る?」  先に言われてしまった。 「戻るよ」 「電車で?」 「そうです」  それならと、冴島君がそこから少し離れたコインパーキングの方を指差した。 「車で来てるから」 「え、いや私は、」 「帰るんだろ? これから雨降るぞ」 「…………ありがとうございます」  ありがたくない、断る理由はないけれど、気楽に一人で帰りたい。  いまいちな反応で微妙な返しをする私を、何言ってんの? とシレッとした顔をして、冴島君は先に歩き出した。  困惑しながらその後ろを追いかける私の方を、冴島君は振り返らない。 周りに気を配り、皆に丁寧に対応をするくせに、私だけ扱いが雑すぎないかとちょっと思う。歩くの早いし。  駐車場にはすぐに到着し、見慣れたネイビーの社用車が停まっていた。 社用車だから誰もが利用する車なのに、助手席のドアを開けるとなぜかいい匂いがする。 清涼感のある、グリーン系の。  これ、冴島君の近くに行くとたまに感じる匂いだ。 「……こわ」 「なに? 早く、シートベルトして」  会社に戻るまでの約三十分、長いとも短いともいえない、私にとっては少し息が詰まりそうな、二人だけの時間が始まった。
/326ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8506人が本棚に入れています
本棚に追加