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フロントドアのガラス越しに、外の景色を眺めていた。特に見たいものがあるわけでもなく、ただぼんやりと。ドアミラーに映る自分と目が合うと、虚ろな表情をしていて可笑しくなる。口角を少しだけ上げた。
走るこの車を運転しているのが誰なのか、考えると妙な気分だ。溜め息を吐くわけにいかず、静かに深呼吸をする。
空の色はさらに灰色が濃くなり、走り出すとすぐに雨が降り出した。
「──降ってきたね」
「ああ、だろ?」
「結構大降り」
「電車と歩きならずぶ濡れだったぞ」
「そうだね。ありがとうございます」
たしかに、ずぶ濡れになるところだった。
傘も持っていなかったし。
会社に戻ったら、まだ今日中にやらなければならない事がいくつか残っていて、おかげで助かった。一人で帰りたいとか扱い雑とか思っちゃって、ごめんなさい。
「──草埜さんな」
「……ん?」
「元々知り合いなんだ。親の、古い友人。大学の同級生で」
「ああ、そうなんだ。だからか、随分親しいなって」
そういうことか、馨介君て。
「じゃあ、息子みたいなもの?」
「いや全然、そこまで親しくないよ。子どもの頃に会ったことがあるって程度。働き始めてから偶然わかってお互いに驚いた」
たしかに草埜常務は、私達の親世代だ。
「ただ、仙台で企画でトラブってどうしようもない状況の時に、助けてもらった事があって、頭上がらない」
「仙台にいる時にわざわざ草埜印刷に?」
「まあ、そう。いろいろあってやむを得ず」
「……そっか、草埜常務はそういう人だよね、頼りになる。情に厚くて男気あるもん」
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