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「到着です」
「……はい」
会社の裏の雨の当たらない場所に、車を横付けしてくれて、すぐに降りなければならなかった。もう話してなどいられなくて、速やかに車から降りる。
「ありがとうございました。……ごめんね」
「ああ、はい」
なにがごめんなのか、よくわからない。
冴島君はそのまま、会社が契約している駐車場に車を停めに向かう。雨だからと、わざわざ私だけを先に下ろしてくれたのだ。
ドアを閉めるとすぐに出発し、彼の運転する車はあっという間に見えなくなった。
「……」
じめじめと湿度の高い外気にさらされて、一気に現実に引き戻されたような気がした。
さっきまですぐ近くに感じていた清涼な香りは、梅雨独特の生温い雨の匂いに消されて、もうない。溜め息よりも先に、なぜか笑いが込み上げた。
あーあ、やっちゃったよ。せっかく良好に普通に話ができていたのに、余計な事を聞いたりしたから。親しくなれたように錯覚し、また間違えた。
踏み込んではいけない領域だったか。
どこに地雷があるのかわからんよ。
『誘ったのが草埜さんとか他の奴なら、わかりましたってほいほい来るんだろ?』
たしかにそうだ。最初に草埜常務から気軽に声を掛けられたなら、断らなかったかも。
他の人ともそう。私が行けば丸く収まる場面なら、相手に合わせ、いいよと言う。拘りはない。それが調子がいいと言われる所以。
冴島君にはなぜか「はい」が言えず、反抗的な態度を取ってしまう、言われてみれば。
人を嫌うと相手も同じことを思うって言うもんね、苦手な感情を持てばきっと相手にもそれが伝わる。いや、性質が違うってだけで嫌ってなどいないのだけれど。
ブツブツと心の中で言い訳したところで、もうどうしようもなかった。
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