3.つまりはそういう事

20/23
前へ
/326ページ
次へ
「到着です」 「……はい」  会社の裏の雨の当たらない場所に、車を横付けしてくれて、すぐに降りなければならなかった。もう話してなどいられなくて、速やかに車から降りる。 「ありがとうございました。……ごめんね」 「ああ、はい」  なにがごめんなのか、よくわからない。  冴島君はそのまま、会社が契約している駐車場に車を停めに向かう。雨だからと、わざわざ私だけを先に下ろしてくれたのだ。 ドアを閉めるとすぐに出発し、彼の運転する車はあっという間に見えなくなった。 「……」  じめじめと湿度の高い外気にさらされて、一気に現実に引き戻されたような気がした。 さっきまですぐ近くに感じていた清涼な香りは、梅雨独特の生温い雨の匂いに消されて、もうない。溜め息よりも先に、なぜか笑いが込み上げた。  あーあ、やっちゃったよ。せっかく良好に普通に話ができていたのに、余計な事を聞いたりしたから。親しくなれたように錯覚し、また間違えた。  踏み込んではいけない領域だったか。 どこに地雷があるのかわからんよ。 『誘ったのが草埜さんとか他の奴なら、わかりましたってほいほい来るんだろ?』 たしかにそうだ。最初に草埜常務から気軽に声を掛けられたなら、断らなかったかも。 他の人ともそう。私が行けば丸く収まる場面なら、相手に合わせ、いいよと言う。拘りはない。それが調子がいいと言われる所以。 冴島君にはなぜか「はい」が言えず、反抗的な態度を取ってしまう、言われてみれば。  人を嫌うと相手も同じことを思うって言うもんね、苦手な感情を持てばきっと相手にもそれが伝わる。いや、性質が違うってだけで嫌ってなどいないのだけれど。  ブツブツと心の中で言い訳したところで、もうどうしようもなかった。
/326ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8647人が本棚に入れています
本棚に追加