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学生鞄を持って教室から出て、公園に向かった。公園を占拠する小学生はそろそろ帰路についているだろう。
案の定、公園は空いていた。
いつもの距離を取る。一メートル離れて立つ。
「空が綺麗だね。ちょっとずつ、暗くなってく」
夕方と夜の境界線が溶けていく。その空が一番魅力的だ。
「私は夜が嫌いだよ。闇に、呑まれそうで」
珍しく細い声だった。そうなんだ、と肯定した。
「僕は好きだよ」
自然の闇はどこか安心感を得れる。
彼女との距離は後一歩。もう少しだけ。
もう少しがいつもより大きく感じるけど。
──僕は一歩踏み出した。もう少しを埋め尽くす。愛菜との距離がグッと近くなる。
「愛菜。別れよう」
「……え?」
愛菜の声が迷子の子どものようなにか細く揺れた。弱々しい糸のような声を断ち切るように、言葉のハサミを手にした。
「僕らは、価値観が違う。価値観の齟齬が対立を生んでいる。それに僕は愛を知らない。愛し方を知らない。このままだと互いに不幸になるんだよ」
ジョキッと鈍い音が鳴った気がした。恐る恐る愛菜の顔色を伺う。
でも、愛菜はどこまでも愛菜だった。
「価値観が違ったら、幸せにならないの?」
いつも通り、無表情だった。
愛菜は驚くほどに純粋で、真っ直ぐすぎる。歪んでいる世界にそれは不釣り合いだ。
「ならないって、僕は考えてる。疲れるよ」
「そっか。私も、愛し方は知らない、だから探す。でもそれが渉を困らせているんだよね」
「──そうだね」
愛菜は好奇心が旺盛すぎる。それに振り回されるのは僕だ。
「きみとの会話は楽しかったよ」
これは、本心。取り留めもない、緩やかな会話。ただ、それが崩壊するのが近いと感じていた。
「私も」
そっと彼女は口元を緩めた。
一歩離れていつもの距離を取った。
「さよなら」
「さよなら」
背中を向けて反対方向へ歩き出した。
──僕らは「恋」を知らない。この関係の言い表し方も知らない。
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