「恋」を知らない僕ら

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 あと一歩で、あともう少しだけで、僕らの関係は変わる。  窓越しにカラスが夕暮れの空をさっと横切った。  不意に隣の彼女から声をかけられる。 「(わたる)はさ、恋愛ってなんだと思う?」 「恋の定義を聞いてるのかい?」  うん、と愛菜(まな)はうなずいた。愛菜とはいつも、一歩離れた場所に並んで立つ。 「なんだろうね。僕は、恋という感情がよく分からないから」 「実は恋なんて存在しないんじゃないか、って思ってる。出会いは運命なんだよ。神様がダイスを転がしてるから、抗えない」 「ふぅん、詩的だね」    とりあえず肯定の意を示した。  ──僕らは愛し方を知らない。    愛菜は僕の発言に対して「どうかな?」と首を傾げた。 「じゃあ、さ。私たちの関係は、なんだと思う?」 「一般的に見ればカップルなんじゃないかな。一応、きみが僕に想いを伝えてきて僕は肯定した」 「そう。渉を見たとき恋という感情の前に、運命的な何かを見つけたの」    愛菜はしっかりと空を見据えて言った。それはまるで、神に宣言する様に。  愛菜は現実主義でいて、理想主義でもある。ロマンチストでいて、感情に左右されない。矛盾だらけだ。  僕は愛菜が笑っているのを見たことがない。常に彼女は無表情か悩んでいるかの二択だ。 「何かって?」 「分からない。それを見つけるのは難しいだろうけど、きっと分かる」  愛菜はどこか能力を過信している。全く自分を信じない僕とは正反対だ。 「無理じゃないか? きみの言葉を借りるなら神様が決めているんだろ、運命ってものを」 「やってから、無理かを決める」 「どうやって?」 「分からない」  愛菜は無計画だ。その無計画さに苛立っていたこともあるが、怒りのエネルギーは無駄ということに気付いて以来、流すようにしている。  その後も彼女は恋愛論を展開していて、僕は肯定しつつたまに意見を述べていた。  カラスの声が聞こえなくなった。かたり、と風に揺られて窓が鳴る。愛菜はふぅ、と息をついた。 「疲れた」 「話しすぎて?」 「うん」  愛菜はお茶をごくごくと飲んだ。白い喉が夕暮れの空に浮かび上がる。  と、五時のチャイムが鳴り『夕焼け小焼け』が響き渡る。雑音塗れのそれは学校から出ることを促していた。 「場所を変えないか?」 「いいよ」  
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