10人が本棚に入れています
本棚に追加
あと一歩で、あともう少しだけで、僕らの関係は変わる。
窓越しにカラスが夕暮れの空をさっと横切った。
不意に隣の彼女から声をかけられる。
「渉はさ、恋愛ってなんだと思う?」
「恋の定義を聞いてるのかい?」
うん、と愛菜はうなずいた。愛菜とはいつも、一歩離れた場所に並んで立つ。
「なんだろうね。僕は、恋という感情がよく分からないから」
「実は恋なんて存在しないんじゃないか、って思ってる。出会いは運命なんだよ。神様がダイスを転がしてるから、抗えない」
「ふぅん、詩的だね」
とりあえず肯定の意を示した。
──僕らは愛し方を知らない。
愛菜は僕の発言に対して「どうかな?」と首を傾げた。
「じゃあ、さ。私たちの関係は、なんだと思う?」
「一般的に見ればカップルなんじゃないかな。一応、きみが僕に想いを伝えてきて僕は肯定した」
「そう。渉を見たとき恋という感情の前に、運命的な何かを見つけたの」
愛菜はしっかりと空を見据えて言った。それはまるで、神に宣言する様に。
愛菜は現実主義でいて、理想主義でもある。ロマンチストでいて、感情に左右されない。矛盾だらけだ。
僕は愛菜が笑っているのを見たことがない。常に彼女は無表情か悩んでいるかの二択だ。
「何かって?」
「分からない。それを見つけるのは難しいだろうけど、きっと分かる」
愛菜はどこか能力を過信している。全く自分を信じない僕とは正反対だ。
「無理じゃないか? きみの言葉を借りるなら神様が決めているんだろ、運命ってものを」
「やってから、無理かを決める」
「どうやって?」
「分からない」
愛菜は無計画だ。その無計画さに苛立っていたこともあるが、怒りのエネルギーは無駄ということに気付いて以来、流すようにしている。
その後も彼女は恋愛論を展開していて、僕は肯定しつつたまに意見を述べていた。
カラスの声が聞こえなくなった。かたり、と風に揺られて窓が鳴る。愛菜はふぅ、と息をついた。
「疲れた」
「話しすぎて?」
「うん」
愛菜はお茶をごくごくと飲んだ。白い喉が夕暮れの空に浮かび上がる。
と、五時のチャイムが鳴り『夕焼け小焼け』が響き渡る。雑音塗れのそれは学校から出ることを促していた。
「場所を変えないか?」
「いいよ」
最初のコメントを投稿しよう!