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桜の下
桃色の花びらが、青空の下舞う。例年より遅く咲いた桜の花は、始業式の今日満開を迎えていた。
「蓮、おはよ」
蓮が高校の近くの桜並木を歩いていると、昴が後ろから声をかけてきた。
「おはよう。相変わらずの寝ぐせだね」
昴の少し伸びた後ろ髪は、ライオンのたてがみのようにふわふわとしてきて、あちこち好きな方向を向いていた。
「ちょっと直してくれない? 俺から見えないし」
彼は蓮の手を掴むと、自分の頭の方に持っていく。一瞬だったが、蓮の手にはその熱が花のようにパッと咲いた。
「ちょっと。……しょうがないな」
蓮はため息をつくと、昴の髪に触れた。茶色がかった髪は、思っていたよりも細くて、さらさらとしている。流れる髪がなんだか少しくすぐったくって、自分の中の何かこみ上げてくるものを感じた。
(もっと、昴に触れたい)
眠り姫の待つ城のいばらのように複雑に絡みあう髪は、もっと蓮に触ってほしいとでも言うようだった。
「そろそろ寝ぐせ直った?」
昴が尋ねた。蓮の気持ちになど全く気づいていない様子で。
「……もうちょっと待って」
髪一本一本慈しむように触れる。蓮の心の中には背徳感と今まで感じたことのない静かな興奮が広がった。これは自分の中の激情のせいか、蓮にはわからなかった。
(友達のふりをしていれば、許される。これ以上、望まなければ)
「はい、終わったよ」
蓮は静かに言った。
「ありがとう」
何も知らない昴が、無邪気に笑う。
「クラス発表、楽しみだね」
蓮も、自分の中の感情に気づかなかったふりをして微笑む。
「そうだな、蓮とまた同じだったら、宿題見せてもらうからな」
昴がそう言うと、風がびゅうと吹いた。大量の花びらが空に舞い上がり、二人の視界は無垢な桃色で染まる。
「うわっ」
思わず蓮は目を瞑った。そして、静寂が訪れたのちに目を開けると、そこにはいつもと何一つ変わらない世界があった。残酷なくらい、平凡な朝が。
「蓮、花びらが頭についてる」
昴の指が蓮の頭に触れた。その瞬間、蓮の全身の血は沸騰するようだった。
(わかってるんだ、昴はこんなこと、なんとも思ってないって。でも、前みたいに、友達同士のふれあいとは思えないんだ)
「……ごめん」
「ん? これくらいで何言ってんだよ」
――そうじゃないんだよ。
蓮がその言葉を口に出すことはなかった。
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