放課後

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放課後

 昴は腕を上げて、大きく伸びをした。思わず声が漏れ、無人の教室に響く。昴は蓮が居なくても、なんとなく毎日一人で教室に残っていたのだった。  昴と蓮が言葉を交わさなくなってから、一ヶ月近く経つ。教室で昴が声をかけようとしても、蓮は逃げてしまい、話すことができない状態だった。  昴は、蓮が何を考えているのかわからなかった。本当は、雨の日に二人で話した時からずっと。最初は、無口だけど話すと面白いやつだと思った。そのあとは、普段はあまり心の中が読めないけれど、時々見せる笑顔がとても好きだと思った。可愛いでもかっこいいでもなく、ただ好きだと思ったのだ。そして、教室ではあまり見せないそれを自分だけが知っていると思うと、密かな優越感を覚えた。もちろん、昴の中での一番は彼女だったから、蓮は『一番仲良い友達』でしかなかったが。  夏祭りの日は、彼女に「昼間に会いたい」とだけ言われたので、夏祭りには蓮を誘った。そこには、特に深い意味はなかった。普段遊びに誘う時と同じ感覚だった。昴はその日、彼女に何を言われるかは、前のデートの時の様子などから薄々わかっていた。けれど、「他に好きな人が出来たから」「昴は私のことをちゃんと好きじゃないから」と言って振られたのは全くの予想外だった。昴は、自分では彼女のことが大切で、好きだと思っていた。世間のカップルと同じように。昴の頭の中は、困惑と彼女にわかってもらえなかったという悲しみでいっぱいで、整理が出来なかった。だから、普段は笑っていなすような蓮の誘いに乗ってしまったのだ。  それでも昴は、自分の蓮への感情は、彼女にかつて向けていたものとは違うと思っていた。彼女に対しての感情は、もっと明るくて軽い色鮮やかな、言うなれば遊園地で配っている風船のようなものだった。しかし、蓮に対しては、もっと暗く重くどろどろとしていて、独占欲や肉欲を孕むものだった。身体の奥深くの部分で、蓮を求める気持ちがあふれてしまうのだ。彼女のことを忘れてしまえたあともそれは消えることはなく、さらに肥大化していった。  だからあの日、きっとキスを求めてしまったのだ。自分でも、なぜあんなことを言ってしまったのかはっきりわかっていなかった。ただ、あの柔らかそうな唇に触れたいと思った。あの白く細い身体を抱きしめて、口を塞いで、自分で満たしてしまいたいと思った。 (それじゃあまるで、動物みたいじゃないか)  自己嫌悪で口の中が苦い。しかも、そう思ったのはあの時一度きりではない。感情よりも本能によって自分が行動したことを改めて感じ、吐き気がした。蓮に避けられるのも、拒絶されたのも当然に思えてくる。 (そもそも、なんで蓮は花火大会の日にあんなことを言ったんだ。普段は恋愛とか興味なさそうな顔をしてるのに。あんなこと、冗談でも言うやつじゃないのに)  昴は、深くため息をついた。まとまらない頭の中を整理するために。   昴は自分が蓮をどう思っているのか、自分でもつかみあぐねていた。友達として、単純に一緒にいるのが楽しいやつだと思っていた。隣にいると、触れたくなった。しかし、それが好きだから触れたいのか、ただ本能がそれを求めているのか判断ができなかった。 (もっと触れたいと思うなら、俺は恋愛の意味で蓮が好きなのか? それとも、本能がそれを求めるだけで、気持ちはそれに追いついていないのか?)  堂々巡りの思考が渦を巻く。  彼女に振られた時は一週間くらいで忘れることが出来たのに、蓮のことは一ヶ月経っても忘れられなかった。何かを見るたびに、何かを食べるたびに、これは蓮が好きだった、彼が隣にいないのが寂しいと思ってしまう。 (どうして、どうしてなんだよ)  昴だけしかいない教室の外では、太陽はすでに、地平線の下に隠れようとしていた。
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