魔法少女じゃいられない

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「ありがとう。えっと、どこから説明しましょうか……そうですね、まず、アイナさんたちに魔法少女になってもらった理由を覚えていますか?」 「もちろん」  覚えてない。 「魔法少女の皆さんには魔獣と戦ってもらっていました。ですが、そもそも魔獣が生まれたのはサルーナの……ボクたちの敵の仕業です」  そう言えば、そんな説明を聞かされたような気がしないでもない。  カナンだってそうだろうけど、私もそんな御託はどうでもよくて、ただ思いっきり暴れてデカブツをぶっ飛ばせればそれで良かったものだから、すっかり忘れていた。 「サルーナは人間の恐怖や絶望をエネルギーとして回収しようとしていました。彼らの手先である魔獣も、人間を襲って、そういう負の感情を生み出そうとしていたんです。だからボクたちはそれを阻むため、アイナさんやカナンさんのように素質のある方にお願いして、魔法少女になってもらいました」 「で? その壮大なモノローグはあと何分くらい続きそう?」  私が苛々しながら尋ねると、ラクシーは空中であたふた跳ね回った。 「皆さんの活躍のおかげで、魔獣の出現頻度はとても低くなりましたサルーナは諦めたようです」 「良かったじゃない」  めでたし、めでたし。  私たちが青春をドブに捨てた甲斐がある。 「はい。いえ、でも彼らは人間社会を研究して、新たな手段を編み出したようなのです。魔獣なんてものを持ち出さなくても、この世界に恐怖や絶望は溢れていることに彼らは気づきました」 「アタシに言わせれば百年遅いけどね」  横から口を挟むカナンに中指を立てて黙らせ、顎をしゃくって続きを促す。 「彼らの新しい戦略は、人間そのものを手足として使うことです。犯罪組織やテロリストといった恐怖をばら撒く存在に手を貸すことで、効率よく負の感情エネルギーを回収しようとしているんです」 「なるほどね。要するに、あんたたちの真似をしたってわけ」  少女を魔法少女に仕立て、手足として使っていたコイツらの手法を学習したわけだ。 「……否定はできません」  毛玉は殊勝げに項垂れてみせた。 「この戦いは、魔法少女の皆さんにはお願いできません。人間社会のルールとして、人間同士の戦いに子どもを巻き込むことはできないとボクらは判断しました」 「でしょうね」  魔獣相手にファンタジーな喧嘩をしている分にはメルヘンで済むけど、犯罪者とテロリスト相手の戦争に子どもを放り込んだら、それはもう立派な少年兵だ。 「そこでアタシらの出番ってわけよ」  いつの間に持ち出したのか、カナンは見慣れたペンダントを片手でお手玉しながら言った。 「どんだけ教育によろしくない戦いだろうと、成人した元魔法少女なら問題ない」 「大有りでしょ。魔法少女から魔法と少女を差っ引いたら、ただの一般人じゃない。どうやって戦うの」 「だから、魔法は使えるんだって」  言うなり、カナンはペンダントを右手で握りしめ、 「トランスファリアル」  かつて私たちが飽きるほど口にしてきた、その言葉を呟いた。  眩い光が走り、カナンの全身を包み込む。  一瞬後、光が消えれば、そこにいるのはカナンであってカナンでない存在だった。  鼻につく折目正しいパンツスーツは綺麗に消え去り、真っ黒いフォーマルなドレスを身にまとっている。  頭には大仰な王冠型のカチューシャが鎮座し、顔はドレスと同じ真っ黒なベールで隠されていた。 「魔法少女は成長してもすべての魔法が使えなくなるわけではありません。魔力弁が閉塞することで、魔力で外部に放出する種類の魔法が使えなくなるだけなんです。だから、変身や身体強化、認識阻害といった魔法は今のカナンさんたちにも使えます。もちろん、魔力の絶対量は少女時代と比べて低下しますが……」  ふよふよ漂ってきたラクシーが説明するが、そんなことはどうでもいい。 「いつの間に衣替えしたの」  魔法少女時代もカナンのドレスの色の基調は黒だったけど、そんな御大層な装束じゃなかった。 「ラクシーに頼んでデザインし直してもらった。この年でフリフリのレース付きミニスカートはキツいだろ」 「似合ってなさで言うなら、それでも五分でしょ」 「安心しなって。アンタのはいつもの赤にしたから」 「死んでも御免だわ」  私はそう吐き捨て、踵を返した。 「一口乗らないの? リターンはデカいよ。今のアンタが汗水垂らして働いて稼ぐ額なら、秒で埋まるぐらいに」 「結構。他所を当たって」 「そっか。それは残念」  カナンはあっさり頷くと、扉を手で指し示した。  私は念押しに中指で丁寧なお返事を返し、それから乱暴に入口の扉を開けると……目の前に邪魔な壁があった。
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