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私は腹を括って、軽いストレッチをその場で済ませた。
悲鳴と銃声が飛び交う中、これ以上注目を集めて警察がすっ飛んでくる前に片付けないと。
ざっと目算、敵の頭数は六。じゃなくて七。
これが魔獣なら、半分眠っていたってこなせる。
でも人間相手は、そもそも戦い方すら知らない。
だから、単純な力押し。
私は両足に力を込め、思いっきり跳んだ。
跳躍は高さでざっと五メートル弱。
ま、今はこれくらいが限界でしょうね。
納得しつつ、狙いを定めていた敵の一人の頭上から襲う。
頭部に膝をいれ、よろめいたところを追撃するつもりが、相手はそのまま吹っ飛んでしまった。
電柱にぶつかってKO。うんともすんとも言わない。
なるほど。
人間の敵なら、少女じゃなくなった魔法少女でも十分ってわけ。
改めて魔法少女の規格外っぷりに感謝して、そのついで、真横で銃を構えたヤツの手をへし折る。
哀れな悲鳴を回し蹴りで刈り取り、私はまた跳んだ。
銃は使わない。
というか、使ったことがないんだから使えない。
さっきは外しようがない距離だったからいいけど、こんな開けた場所で素人がバンバンやった日には、流れ弾で大変なことになる。
だから、全部格闘で済ませるしかない。
幸い、そっちは私の得意分野だ。
銃弾を無視して三人目に走り寄り、足払いをかけて宙に浮かせ、片手で突き飛ばす。
マネキンのように吹っ飛んだ男は、別の的にぶつかってごろごろ転がっていった。
四人目完了。
歩道に突っ込んだままの車を思いっきり蹴り飛ばし、裏に隠れていた二人をまとめて押しつぶす。
五人目、六人目終わり。
順調そのものの勢いで最後の一人。
に飛びかかろうとした瞬間、心臓に強烈な一発をもらったみたいな衝撃を受けた。
よろけて片膝をつく。
何が起きたかはすぐに理解できた。
時間切れ。変身が解けた。
私は思いつく限りの悪態を、頭の中で並列に吐き捨てた。
たったこれだけ?
髪を染めた中背の若い男は、自分の首に手をかけていた死神がすっ転んだころに気づくと、恐怖に引きつった笑みを浮かべながら銃口を私に向けた。
けれど、その後に銃声は続かなかった。
倒れたのは私じゃなく、男のほう。
間一髪の助け舟──カナンは転がした男を片足でちょいと避け、しゃがみこんだままの私に手を差し出した。
「お疲れ様」
「……年なんて取りたくないわね」
その手を払い除け、私は首からさがる自分の変身用ペンダントを眺めた。
カナンも変身を解き、ムカつくニヤケ面を晒しながら私に向き合う。
「楽しかったでしょ?」
「なにが」
カナンは問いに答えずに両手を広げ、私達の周りのしっちゃかめっちゃかな惨状を示してみせた。
「これでもまだ、退屈な日常ってやつに戻れる? こんなに楽しい魔法をかけられたあとでも?」
私は舌打ちした。
カナンの言うことはすべてもっともで、カナンが言うことだという点以外にケチの付け所はない。
たった数分に満たない変身時間、私の手には生きている感覚がしっかり握られていた。
魔法少女をやめてからの、平穏でしみったれた日常では得られなかったもの。
「結局のとこ、アンタもアタシも同じ、スリルジャンキーなんだ。魔法少女が少女じゃなくなっても、歪んじゃった部分はずうっと変わんない。退屈はアタシたちにとって人食いアメーバ。ほっといたら脳みそ食い散らかされて死ぬ」
その場でつま先立ちにくるりと回ってみせ、カナンは私にまた手を差し出した。
「だから、アタシと踊らない?」
私は地獄より深い溜め息を吐いた。
業腹だけど、断る理由は今のところ思いつかない。
「……一つだけ条件があるわ」
「なに?」
「衣装のデザインを変えて。あんたと被るのは死んでも嫌」
カナンは肩を竦め、私の首元のペンダントを指で弾いて言った。
「またよろしくね、相棒」
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