食いしんぼ悪役令嬢のかくれんぼ

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 私は高校一年生の女子。  一夜(いちや)明けて目をさましたら、乙女ゲームの悪役令嬢シャルロッテに転移してた。  断罪されてなるものかと、必死でゲームのことを想い出した。  一時はのめり込んだ。  とはいえ、()いしんぼの私である。  寝食を忘れてとはならなかった。  あくまで寝る間を惜しんでであった。  ただそれもあって、おぼえておった。  シャルロッテは()ぼすけさんでナマケ者。  朝早くから、けなげに働くヒロインに対して、まさに悪役令嬢そのもの。  王太子が、シャルロッテをあざけりつつ、番兵に命じる場面があった。 「あの者が起きるのは、いつも()が中天を過ぎて後。  監視(かんし)するのは昼過ぎで良い」  当然ながら、それを利用させていただくことにする。  私は朝のうちに、薄暗(うすぐら)い森の中に逃げ込んだ。   ここはただのゲームの背景。  登場人物が行った場面は無かったはず。  おまけにシャルロッテは虫が大嫌い。 「森には行ったことがないわ。」  なんてセリフを吐いておった。  なら、ここに隠れているなど、想うはずがなかった。  私を見つけ出し、何とか処刑しようとしておる者たち、村娘のヒロインであれ、王太子であれが。  ここで断罪の期日を過ぎれば良い。  そう考えたのであった。  ゲームにはシナリオがあり、各々の出来事がでたらめに起きることはない。  あくまで、ある出来事があって、次の出来事が起こる。  特にゲーム中の重要な出来事はそうである。  私の処刑は、国の戦勝記念の日に行われる予定であった。  国賊(こくぞく)に等しき私を処刑し、かつての(かがや)かしき歴史に花を添えようというわけ。  その翌日には、王太子とヒロインの結婚式が盛大になされるはずであった。  何ともあわただしい日程とは想うが、そこはやはりゲーム。  その方が盛り上がるからに決まっている。  その一番盛り上がる断罪処刑。  それが、(さだ)められた日に行われなければ、どうなるのか。  このゲーム世界にも何か変化が起きるはず。  私はそう期待したのだった。  でも、これってまるでかくれんぼ。  私が子供の頃、よくやった。  かくれんぼで困ったのは、いくらいいところに隠れても、食いしんぼな私は、ついついお(なか)()いてしまうこと。  そうなったら、私はいつも鬼にわざと見つかっては、言うのだった。  昼ならば「お昼ご飯にしようよ」、  夕方ならば、「晩ご飯にしようよ。また明日(あした)ね」と。  そしてそんなことを想い出したゆえか、私はやがてあることに気付いた。  どうしたことだろう。  お腹が空いている。  このゲームに食事の場面など無かったはず。  シャルロッテ自身の記憶をさぐるも、やはり食べたことも飲んだこともなかった。  実際、のどの方はまったくかわかない。  私はここまで肌身離(はだみはな)さずたずさえて来たものの中をまさぐる。  それは転移した時、私と一緒にこちらに来た愛用のリュック。  お気に入りの理由は、見た目は可愛らしいのに、たくさん入ること。  私は、自分が食いしんぼなことに感謝する。  そこには、アメやチョコ、クッキーとたんまり前の世界のお菓子が詰め込んであった。  断罪の日は2日後。  5日は持つだろう。  余裕(よゆう)。余裕。  そして、おいしい。  このゲーム世界に食事があるなどとは想わなかったので、ついつい私はにんまりする。  いや、それに留まるはずはない。  笑顔がこぼれあふれる。  本当においしい。  ところが、私は半日で全て食べ尽くしてしまう。  それでもお腹が空いてしょうがない。  時が()つにつれ、空腹感は増すばかり。  それは私が経験したことがないほどのものであった。  私はあまりにもの空腹に耐えきれず、ついに城へ向かうことにした。  断罪処刑の日をやり過ごした訳ではない。  行くべきではないと頭では分かっておったが。  昼下(ひるさ)がりの陽光を浴びて、街中に人々が倒れておった。  城に入っても同じであった。  いずれもげっそりとやせておった。  こんな短期間に。  ありえない。  意識を失っておる者もおった。  そうでない者の多くは、私が近づくと、やせこけた手を私に伸ばして、落ちくぼんだ眼で私を見つめて、口を開いた。  しかし予想された言葉を聞くことはできなかった。  食べ物をくれとは。  精力をみなぎらせておった美しき王太子は、老人の如くにしなびて、こう言うばかり。 「お前は大丈夫なのか。もし我の(やまい)(なお)してくれるならば、婚約破棄は取り消そう。」  天真爛漫(てんしんらんまん)な笑顔が魅力なはずのヒロインは、(ほお)がげっそりしてしまい、もはやその面影(おもかげ)も無く、こう言うのみ。 「なに。これ。あなたがやったの。あなたの(のろ)いなの。私たちがあなたにしたことを(うら)んで。どうか許して。お願いだから。」  無論、私にはどうしようもなかった。  これが二人の最後の言葉となった。  その姿を見て、あらためて私はこの世界の現実を想い知る。  この世界にはそもそも食べ物も空腹もなかった。  ここの人たちは、そうしたこととは無縁(むえん)に生きて来たのだ。  それが、幸福な人生なのかどうかは分からない。  おいしいもの大好きの私に言わせれば、不幸だとは想うが。  ただ聞きたくても、それができる相手はもはや残っていない。  でも、こんなことってある。  食いしんぼの私が、食べ物の無い世界に転移するなんて。  しかも私が入ったばかりに、この世界に空腹が(しょう)じてしまったなんて。  しかも前の世界よりずっと早くずっと強い。  こんな断罪。  ありえないでしょう。 (完)
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