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「もうこれ以上隠し通せないと思って。ごめんなさいね。こんなおばさんで」
ずっとゲームで一緒にボイスチャットしていたアリスとビデオチャットして俺は衝撃を受けた。ずっと20歳ぐらいのOLだと思っていたが、見たらおばさんだった。
「おっふ、思ってたのと大分違ったなぁ」
ごめんなさいじゃねえし、時間返せ。
どう見ても30を過ぎているし、顎のラインを見ると30後半と言う可能性もある。今まで声だけの通話で一緒のパーティーでレベルあげを手伝った。
ゲームの世界では年齢や職業、容姿を偽って交流することはよくある。声だけでチャットする場合は特に違う自分を演じてしまうことがあるのだ。
誰もが変身願望はある。だか、このおばさんは詐欺だろ。アリスって顔か? 15歳もサバ読んでいやがった。
二人でゲームしているときはゲームの話だけでなく、相談事とかも聞いていた。顔を見ないで声だけで会話していると、普段話さないようなことまで話をしてしまうみたいだった。
「私、すこしマゾっ気があるの」
「え、マゾっていたぶられて喜ぶ系? 踏まれてもっととか叫んじゃうの?」
「踏まれたりはしないけど」
「いじめられると感じる?」
アニメによく出てくるマゾキャラに彼女を重ねてしまって二次元好きの俺は盛り上がった。顔が見えない分、ゲームしながら彼女に乱暴な言葉遣いをしてしまうようになっていた。
「ちゃんと援護してよ。氏ねよ。どエム」
「氏ねとかやだぁ。どエムじゃないもん。やさしくして」
彼女はいじると甘えた声を出したので余計いじりたくなった。どエムに違いない。
とはいえ俺だって隠していることはたくさんあった。一人でITの会社をしているから時間が自由になると言っていたが、フリーターだから時間が自由になるのだ。だから彼女がログインする時間に合わせられれた。
「えー。自分で起業してるんだ。月にどれぐらい稼ぐの?」
「月に200万から500万ぐらいで不安定だよ」
本当は年間150万も怪しいところだ。月収で嘘ついたのは悪かったと思う。金持ちだと思っていつも彼女はどこかへ連れていってとせがんだ。
「コロナ禍が終わったら旅行とか行こうよ」
「いいね。ヨーロッパとか行っちゃう?」
「リゾート地もいいわね」
「わかった、まかせろ」
そんな金はない。
コロナ禍が終わったら二人で旅行しようとゲームそっちのけで話をした日もあった。
彼女が暗い声を出したときはすごく心配になった。
「どうしたの会社で嫌なことでもあった?」
「ううん。ちょっと失敗しちゃっただけ」
「そうか」
「実は、お客さんがね。すごくクレームを言ってきてね」
「うん」
俺は本当はあまり話が上手ではない。でも、彼女と話しするときは聞いているだけで良いことが多く、正直なところ楽だった。彼女も黙って聞いてくれる相手が欲しかったようだからちょうどよい相性だったのだ。
そして俺は下ネタがOKだから、軽いのかと思って油断していた。
「ねえ、私、今彼氏とかいないから、リョウのリアルの彼女になろうかな?」
「え? 体だけの関係ってやつ?」
「そういうのじゃなく結婚とか前提とした付き合いよ」
ゲームから夫婦になった話はざらにあると聞いてはいたが、彼女の顔も見たことはないし本名だって知らない。住んでいるのはおそらく関東だろう。
「そうゆうの重くない?」
「だって、気心が知れているし、話が合うわ」
確かに気が合うのかもしれない。でもリアルで会う前にビデオチャットぐらいしたい。
「一度、ビデオチャットしようか?」
「え? いいの。思っているのと違うし、嫌いになったりしない?」
「嫌いになったりしないよ」
実際彼女を見ると少し年齢は高いが、昔は綺麗だったのだろうと思う。若くないだけで嫌いな顔ではないか。
結婚はどうかと思うけど、会って少し遊んでもいいかな。
「ねえ。痩せてるって言ってたけど大分、太ってるわね」
「え? 俺、まあ、運動不足だしね。コロナ太りってやつかな」
前から太っているけど誤魔化そう。
「それにさぁ。あたま」
「あたま?」
「うん。頭さあ。薄くね? てか、ハゲてね?」
「え? 少し少ないかも知れないね」
「少しじゃねえし、そんなはげ散らかしてるって言ってなかったよね」
「そうだっけ」
「なんかさあ。部屋とか狭くね? 高級マンションの最上階の感じじゃないよね。夜景とか見えないよね」
「あ、今書斎だから」
しまった。バーチャル背景にしとくんだった。髪とか生えるアプリもあったはずだ。準備を怠ったな。
「お金持ちとか嘘なんでしょ。若くして起業家とか言ってたけど。若くしてって言うのは20代のことだよ。お前何歳よ!」
あまりにも彼女がきつい口調だったので背筋を伸ばした。
「はいっ? あ、自分43歳です」
「私よりさあ。ひとまわり以上さぁ、上じゃん。それでオンラインゲームとか昼からやってんの? ほんとに社長? フリーターとか言ったらブッ飛ばすよ」
しまったぁ。フリーターなんだけど。
「・・・・・・」
「てめぇ。なんで黙ってんだよ。おい。なんか言いなよ」
「フ、フリーターっていうかフリーです。独身です」
「はぁ。40過ぎてはげ散らかした毒男でデブのフリーターって先に言えよな」
彼女どエムだって言ってなかったっけ
「どエムって言ってなかったけ」
「ちょっと何言ってるかわかんない。この豚野郎」
「豚って」
「その顔でリョウとか言うなよな。時間返せよ」
いやリョウさんってリアルでも言われているんだけどな。
人が変わってしまった彼女とそれから一緒にゲームすることはなかった。
俺はハンドルネームを変えて違う男に変身した。今は他の女の子とゲームを楽しんでいる。アイコンや画像の交換は他の男の写真を使っている。ビデオチャットは拒み続けている。
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