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お母さんタヌキのケガ
小さなミースケは、夕焼け山のタヌキです。ネコみたいな声で「ミー、ミー」と鳴くのでそう名付けられました。
「ミースケ、果物や木の実を食べてばかりじゃ大きくなれないぞ」
しっかり者のタイチ兄ちゃんはそう言います。けれどミースケは鳥や魚を上手に捕まえることができません……。
「ミースケ、いつになったら変化を覚えるんだ? 化かし合いっこができないだろ!」
イタズラ好きのジロー兄ちゃんはそう言います。けれどミースケはタヌキの得技‟変化の術”もできません……。
「ああ、ボクも兄ちゃん達みたいになりたいなぁ……」
お兄ちゃんタヌキにからかわれるたび、ミースケはしょんぼり落ちこんでしまいます。そんな時、お母さんタヌキは決まってこう言いました。
「可愛い坊や、下を向くのはおやめなさい。夕焼け山は、実り豊かな住みよいお山。けれど時には危険もあるわ。あなた達は夕焼け山の三タヌキ。三匹そろって一人前。仲よく助け合って生きなさい」
ある日のことです。
夕焼け山に犬をつれた猟師がやってきました。五匹の猟犬はミースケ達を見つけると、かみつこうと追いかけてきました。
犬はとっても足が速く、一所懸命走ったミースケでしたがついに追いつかれてしまいます。犬の牙が目の前に迫り、ミースケはガブリとかまれる覚悟をしましたが、お母さんタヌキが走ってきて犬に体当たりをしました。犬は「キャン!」と鳴き、お母さんタヌキと一緒に地面に転がります。
「今のうちにお逃げ!」
お母さんタヌキが言いましたが、ミースケは体がすくんで動けません。その時、別の犬がお母さんタヌキのお腹にかみつきました。
「お母さん!」
タイチが叫びながら走ってきました。その背中に、後ろから追いかけてきたジローが跳び乗ります。
ドロン!
お兄ちゃんタヌキ二匹は、力を合わせて大きなクマに変化しました。犬達はびっくりして怯みます。
「今だ!」
タイチとジローはタヌキの姿に戻ると、お母さんの体を助け起こしました。お母さんタヌキを両側から支えて走ります。ミースケも必死に後ろをついていきました。
犬から逃げ切り、ミースケ達は巣穴に帰ってくることができました。
しかしお母さんタヌキはケガを負い、木の葉のベッドから起きあがれなくなってしまいました……。
「可愛い坊や達、このまま夕焼け山で暮らすのは危険だわ。ここを捨て、どこか遠くへお逃げなさい」
「お母さんをおいていくなんてできません」
タイチがきっぱりと言いました。
「そうだ、お母さんにかみついた犬に仕返ししてやらなきゃ」
ジローも息巻いています。
「だめよ……。猟犬はとっても恐ろしいのよ。猟師の吾平は鉄砲も持っているわ。あなた達のお父さんは、吾平に撃ち殺されてしまったのよ」
「鉄砲なんか怖くない。お父さんの仇討ちをしてやる」
「待て、ジロー。お母さんの言う通りだ。この山を離れよう」
「なんだって!?」
タイチの発言にジローは驚いて目を丸くしました。
「いつまた犬に襲われるかわからない。お母さんが休める別の山を探そう」
「タイチ兄ちゃんの臆病者! いいさ、俺ひとりで戦ってやる!」
「ジロー兄ちゃん!」
ジローは勢いよく巣穴から飛び出していってしまいました。ミースケはオロオロとそれを見送ることしかできません。
「タイチ兄ちゃん、どうしよう……?」
「放っておけ。俺は山の向こうまでいって、次の住みかになりそうな場所を探してくる」
「そんな……ボクはどうすればいいの?」
「ミースケ、お前も一人前のタヌキになりたかったら、自分で考えて行動するんだ」
タイチはそう言うと、巣穴を出ていってしまいました。
お母さんタヌキは苦しそうな息をもらしています。ミースケは「ミー、ミー」と鳴きながらお母さんの顔に鼻先をすりつけました。
「お母さん、お母さん。元気を出して。どうすればお腹の傷はよくなるの?」
「泣かないで、可愛い坊や。人間の使うお薬をぬれば治るでしょうけれど、ここはお山の奥深く。とてもじゃないけど手に入らないわ」
「人間の使うお薬は、そんなにケガによく効くの?」
「ええ、そうね。猟師の吾平は大事な犬がケガすると、とっておきのぬり薬を使うと聞いたわ。けれどお薬は猟師小屋の中に大切にしまわれているの。とてもじゃないけど手に入らないわ」
お母さんタヌキは疲れた様子で目を閉じました。ミースケは「ミー、ミー」と悲しげに鳴きます。
「お母さん、お母さん。元気を出して。ボクが必ずそのお薬をとってくるから」
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