第一章

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第一章

西澤真帆(にしざわまほ)が死んだって知ってる?」 大学からの帰りの電車で、前の座席に座っていた大学生くらいの、女性と呼ぶか女の子と呼ぶか迷うぐらいの女の人が、文庫本を落として降りてしまったのを見て、慌てて本を拾い電車を降りた僕に、そう声をかけてきたその女性に見覚えはなかったが、西澤真帆の名前には覚えがあった。 西澤は小学5年生の時に同じクラスにいた、ちょっと変わった女の子だった。 彼女は休み時間でも他の女の子と群れることなく、いつも本を読んでいた。いじめられていたというわけでも、仲間はずれにされていたというわけでもなかったと思う。ただ、ひとりで本を読んでいたいからそうしているという感じだった。 変わっているのはそれだけではない。放課後になると彼女は誰よりも早く教室を飛び出していくのだ。校庭で遊んでいくこともなく、他の女の子と喋りながらだらだらと帰るのでもなく、小走りで校門を出ていく。おそらく、家に向かってまっしぐらに走っていく。 その理由を、僕も他のクラスメイトも知らなかった。誰も特に知りたいとも思っていなかったと思う。それほどまでに、彼女は自分の世界の中で生きていた。 ただ、走っていく彼女がなびかせる黒く長い髪がとても綺麗だと、小学生の僕は思っていた。 その後、彼女は私立の中学校に進学したので、小学校を卒業した後は会うこともなかった。 その彼女に再会したのは高校1年の秋の初めのことだった。 僕は高校からの帰りの電車に乗っていた。 降りる駅が近づいてきたので、スマホをいじるのをやめて目を上げたとき、目の前に座っていた女の子がちょうど立ち上がった。彼女はそのまま扉付近に移動した。僕も降りようと立ち上がった時、彼女が座っていた席の前に文庫本が落ちているのが目に入った。 その文庫本が確かに彼女のものかどうかはわからなかったが、僕は拾って彼女に声をかけようと思った。 僕がそうするよりも前に電車は停まり、彼女は電車を降りてしまった。僕も電車を降りて、彼女に声をかけた。 そのときに、初めて、彼女が小学校で同じクラスだった西澤だと気づいたのだった。
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