第三章

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朝早くに家を出てきた僕達はすっかり腹ぺこで、運ばれてきた料理をあっという間に平らげた。 「本当はあなたが泣くはずだったの」 食後のホットココアを飲みながら、彼女はまた言った。 女の子って、満腹なのにまだ甘い物を飲むんだなあとそんなことをぼんやりと考えていた僕は、現実に引き戻された。 「映画が終わって、館内が明るくなると、横でK君が泣いていて、私はハンカチでその涙を拭ってあげたって書いてあったのよ。でも、あなたは泣いてなくて、私は泣いちゃってて…」 彼女はそう言って溜息をついた。 「仕方ないよ。西山さんは西澤じゃないし、僕は西澤の理想の僕ではないんだし。大体、普通は女の子が泣いて、男がハンカチを渡すんじゃないのかなあ。なんで、僕が泣くことになったんだろう」 窓の外を眺めていた彼女は、僕の方を見た。 「そんなことも知らないの?真帆はね、どんなに感動的な本を読んでも泣かないのよ」 彼女は自慢げに続けた。 「真帆は読んだ本に感動して泣いちゃったら、その本のどこにどう感動して、どうして泣いたのかがわからなくなっちゃうから泣かないんだって。それに、自分が書くときに、自分の書いたものに感動して泣いちゃったらちゃんと書けないからって」 そんなものだろうか。僕にはよくわからなかった。 「西澤は本を読むだけじゃなく、書いていたんだね」 「そうよ。ノートに書かれた真帆の小説がたくさん残ってたの。真帆は小説家になりたいから、たくさん本を読むんだって言ってた。日本文学も外国文学もホラーもミステリーも、恋愛小説も、ライトノベルも、漫画もよ。少しでも気になるものは何でも読んで、吸収したいって」 確かにいつも本を読んでいたけれど、小説家になりたかったのは知らなかった。 「この映画を見たかったのはね、原作者の増田亜美が好きだったからよ。この人はミステリー作家なの。でも、これは違うでしょ。真帆はこの人のミステリー小説もすごく好きだけど、この作品が一番好きなんだって。だから、映画になったときにあなたと見たいって思ったんじゃないかな。でも、そんなことあなたに言えなかったから、代わりに私と見たんだろうな」 「え?じゃあ、西山さんは見るの2度目なの?」 僕は思わずそう言ってしまった。その後の、2度目なのにあんなに泣けるんだ、という言葉は何とか飲み込んだ。 「何よ、2度目は泣いたらいけないの?何度見たって泣くわよ。感動的なんだもの。この映画を今見られるところ探すの、すごく大変だったのよ。たまたまリバイバル上映やってるところを見つけられたのよ。本当に大変だったんだから」 彼女は泣いたことをごまかすようにまくしたてた。 「そうだよね、4年も前にやった映画を映画館で見られるなんてなかなかないよね。それにしても、西澤が小説家になりたくて本を読んでるなんて知らなかったな」 僕もごまかすように言った。 「本当に何も真帆のこと知らないんだから…。じゃあ、何で真帆がいつも走ってるかも知らないでしょ」 彼女はまた自慢げに言った。 僕は頷いた。
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