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「本を読む時間と小説を書く時間を確保するためよ。移動時間が一番もったいないって言ってた。友達としゃべったり、テレビを見たりする時間は完全に無くせるけど、移動時間はどうしても完全には無くせないからって。だから、できるだけ削るために走るんだって。私と話すようになってからも、1年ぐらいは一緒に帰ってくれなかったのよ。授業が終わったらすぐに教室を出て行っちゃって。だから、一緒に帰ろうって言ってくれたときは、すごく嬉しかったな。それからは毎日ではないけど一緒に帰るようになって…」
また窓の方に顔を向けた彼女は涙ぐんでいるように見えた。
西澤がいつも走っていたのは、そういう理由があったのか…。僕と帰り道に会って、一緒に歩いたり、公園で話したりしてくれたのは、彼女の時間を僕に使いたいと思ってくれたからだったんだなと思うと、あの時間がとても大事なものだったのだと思えた。
「あなたが映画を見て泣くと思ったのは、真帆はあなたが優しいと知ってたからだと思う」
彼女はココアのカップを見つめたまま言った。
「今日はこんなに遠くまで、一緒に来てくれてありがとう」
僕は気恥ずかしくて目を逸らした。
目線の先では、隣のテーブルの女性が食後のコーヒーを注文していた。
そうだ。女性がみんな食後に甘いココアを飲むわけじゃない。優しい人がみんな泣ける映画を見て泣くわけでもない。西山さんは西澤にはなれないし、僕は西澤の理想どおりの僕にはなれない。
「あなたが優しいからって、私のやりたいことにあなたを付き合わせちゃって悪かったと思ってる。迷惑だったよね。もうやめるわ。どうせ、日記のとおりにはできないんだし。これまで、本当にありがとう。これは私が払うわね」
彼女が伝票を持って立ち上がった。
僕は慌てて彼女の腕を掴んだ。
「いいの。これはお礼だから」
彼女はそう言って、手を払おうとした。
僕は離さなかった。
「そうじゃなくて…。とにかく、一旦座って」
僕はそう言って、手を離した。僕達はもう一度向かい合った。
「西山さんは西澤とは違うし、僕は西澤の理想の僕ではないけど、それでもいいんじゃないかな。日記と全く同じにはできないけど、それはそれで、いいと思う。西山さんから西澤の知らなかったことも教えてもらえるし、少しも迷惑だなんて思ってないよ」
彼女は少し驚いた顔をした。
「本当にいいの?」
「うん」
僕は笑った。
「よかった」
彼女も笑った。
そうして、僕達の再現デートは続くことになった。
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