第四章

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「じゃあ、とりあえず、何か飲みに行こうか。薬が効くまで、どこかに座ってた方がいいし」 僕達は路地からイルミネーションの点る広い道に戻った。 「あ、あそこがいいわ」 彼女が指を差した先は、コーヒーショップの2階席だった。 僕達は通りが見下ろせる窓沿いのカウンター席に2人で並んで座った。 「上から見てもきれいね」 彼女はホットココアに息を吹きかけて冷ましながら言った。 「ココア、好きなんだね」 僕はコーヒーを飲んでいた。 「うん。コーヒーは苦手なの。真帆はコーヒーが好きだったな。ブラックで飲むの。夜に本を読むときなんかに飲んでるうちに、それが好きになったんだって。私には絶対無理」 彼女はそう言って、遠い目をした。 コーヒーをブラックで飲む西澤、小説家になりたかった西澤、家に走って帰るほど本を読みたかった西澤。僕は西澤のことを何も知らなかった。小学校でもほとんど話さなかったし、高校生になって再会した後も、たまたま帰り道に会った時に話す程度で、数えてみたらその回数は10回かそこらだ。それでも、西澤は僕を好きだと言ってくれたし、僕も好きだと返事をするつもりだった。西澤は一体、僕のどこが好きだったのだろう。 僕はイルミネーションの下を流れていく人波を見ながら、ぼんやりと考えていた。 「さっき、かっこよかったね」 彼女は外を見ながらそう言った。 「僕はただ、無我夢中で…」 思い出すと恥ずかしくなった。 「真帆の日記にね、K君は優しくてかっこいいって書いてあったの。ほんとだったね」 そう言われて、うれしくはあったが、なぜ西澤が僕のことをそう思っていたのか不思議に思った。かっこいいと思われるようなことをしただろうか。優しいと思われるようなことを言ったのか。どうも思い当たらない。 「真帆がどうしてあなたのことを好きになったのか、いつから好きだったのか、あなた知らないでしょう」 彼女は僕の疑問を見透かすように言った。 「真帆があなたのことを好きになったのは、小学5年生のときよ」 小学5年生?確かに同じクラスではあったが、話したことなどほとんどなかった。 「あなたの方は忘れてしまっているみたいだけど、真帆にとっては運命の出来事があったのよ」 彼女はからかうような目つきで僕を見ながら、ココアを一口飲んで続けた。
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