第四章

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「それは運動会の日の出来事。思い出さない?」 そう言われて、思い出したことがあった。 僕達の小学校では、5年生は毎年ソーラン節を踊る。そのとき、クラスごとに色の違う法被を着ることになっていた。法被は細い帯とセットになっていて、1人分ずつ袋に入っているものが出番の直前に配られる。前もって配ってしまうと、忘れてくる子がいるからだ。その日も出番の少し前、集合場所で袋入りの法被が配られた。僕達のクラスは青い法被だった。みんなが法被を着てはしゃいでいる中、僕は、困った顔をしてきょろきょろと地面を見ながら歩いている西澤を見つけた。 「どうしたの?」 と僕は声をかけた。西澤は驚いた顔をして僕を見た。 「帯が入ってなくて…。でも、落としたのかも…」 西澤は今にも消え入りそうな小さな声で言った。 親しくしている友達がいない西澤は誰にも言えなくて困っていたのだろう。先生達も忙しそうにしていて、話しかけられなかったに違いない。 僕は咄嗟に自分の巻いていた帯をはずして西澤に渡した。 「これ、使って」 そう言って、僕は西澤の前を離れた。忙しそうに歩き回っている先生の1人を捕まえて、帯が入っていないことを訴えたが、予備はないと言われた。そのとき、先生が会場整理用の青いビニール紐を持っていることに気がついた。僕はそれをもらって、帯代わりに巻いてソーラン節を踊ったのだった。 「思い出した?」 彼女が僕の顔を覗き込んでいた。 「うん。でも、それだけのことで…」 僕は納得できなかった。 「真帆にとってはそれだけのことではなかったのよ。あなたは自分が困っているときに颯爽と現れて助けてくれたヒーローで王子様に思えたんだって」 多分、当時の自分はそれほど深く考えずにしたことで、それをそんなふうに思われていたと思うと、なんだか恥ずかしかった。 「真帆の本当の日記に、そのときのことが書かれてた。あなたにお礼が言いたかったけど、恥ずかしくて話しかけられなかったんだって。そして、その後、あなたが真帆の日記に登場することはなかった」 確かに、あれ以来、小学校で西澤と言葉を交わした記憶はない。
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