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第六章
2月14日17時、いつもの公園で
それが、次の約束だった。
僕は時間よりもかなり早めに公園のベンチに座った。
高校1年生のあの日を思い出した。西澤と待ち合わせたあの日。いつまで待っても、西澤は来なかった。
今日は来るだろうか。西山さんは来てくれるだろうか。
でも、そんな心配はいらなかった。
彼女は時間通りに息を弾ませてやってきた。
「クッキーなんて初めて焼いたから、思ったより遅くなっちゃったわよ。大学さぼって準備万端だったはずなのに、やり始めたら結構難しくて…」
彼女は手に持った紙袋を僕に差し出した。
「これ、手作りのクッキー。食べて」
僕はそれを受け取った。
西澤からチョコレートをもらったときとは随分違うなと思った。西澤はベンチに座って、うつむいて、僕の方を見ないまま、小さな箱をそっと僕に差し出して、小さな声で「圭くんが好きです」と言った。
でも、これが彼女らしいと思った。
「真帆からはどんなのもらったのって聞いてもいいかな」
彼女は僕の隣に座った。
僕はもらったときの西澤の様子や西澤と話したこと、そして、もらったのは小さな箱に入った洋菓子店のチョコレートだったことを話した。
「真帆は手作りのクッキーをあげたかったみたいなの。多分、お母さんに知られるのが恥ずかしくて、家で作れなかったんじゃないかな」
そうか。手作りのクッキーを作るということは、自宅の台所を使うということで、それは家族に知られてしまうということなんだな。そんなこと、考えもしなかったなと思った。
「私に話してくれたらよかったのに。そしたら、うちの台所で一緒に手作りクッキー作れたのに…」
彼女はうつむいた。
「西澤は西山さんの気持ちがわかってたから、言えなかったんじゃないかな。自分のことを好きでいてくれる人に、他の人が好きなんて言えなかったんだと思う」
彼女は一瞬、驚いたように目を見開いて僕を見た。そして、その目にはみるみる涙が溜まってきた。
「それにしても、ホワイトデーに返事をしてほしいなんて真帆らしいな。夢見る女の子って感じでいいよね」
彼女はごまかすように言って、僕の手から紙袋を取り上げて、中から透明な袋に入ったクッキーを取り出した。
「あ、まだ冷めてなかったから、袋に水滴ついちゃってる。早く開けなきゃ、湿気っちゃう」
彼女は袋の口を閉じたリボンを自分で開けて、僕に差し出した。
「食べて」
僕は1枚取って、一口齧った。
「どう?」
彼女は僕をじっと見ていた。
「おいしい。すごくおいしいよ、西山さん。西山さんも食べて」
彼女は自分も1枚取って、一口齧った。
「ほんとだ。おいしい」
彼女が微笑んだ。
「西山さん、すごいね。こんなにおいしいクッキー食べたの初めてだ」
僕は2つ目を手に取った。
彼女はうれしそうに笑った後、少し寂しそうな顔をして言った。
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