第二章

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遊園地に入ると、彼女は乗り物には目もくれず、ゲームコーナーへ向かった。 彼女が立ち止まったのは、ボールを的に当てるゲームの前だった。 「このゲームで真ん中に3回当てるとあの大きなクマのぬいぐるみがもらえるの」 僕は的を見た。3回どころか、1回当てるのも難しそうに見える。 「ごめん、無理だと思う」 僕は素直にそう言った。 「そんなわけないでしょ。野球チームでピッチャーだったんだから」 そう言われて、思い出した。僕は小学生のとき、地域の野球チームでピッチャーをしていた。でも、それはもう、8年も前の話だ。西澤の中では、僕は小学生の時のままだったんだなと思った。 「野球はやめてしまって、随分、ボールを投げてないんだ。だから…」 僕はもう一度言った。 「だめ。やるの」 やらずには済みそうもなかった。僕はとにかくやってみることにした。5球のうち3球をど真ん中に当てるらしい。 結局、僕は一度も真ん中に当てることはできなかった。 「もう一度」 彼女は係員に500円玉を渡す。 やはり真ん中には当たらなかった。 「もう一度」 1球目は真ん中より少し左に外れた。 2球目は下に、3球目は上に、4球目はまた左に外れた。 最後の1球。祈るような気持ちで投げた。 球は真ん中に当たって、的が光って大きな効果音が鳴った。 「やった」 僕は横で見ている西山さんを見た。 彼女は一瞬、目を輝かせて喜んだように見えたが、すぐに顔を曇らせた。 「おめでとうございます」 そう言って係員が差し出してきたのは、小さなうさぎのぬいぐるみのついたキーホルダーだった。 僕はそれを受け取って、彼女に渡した。僕は申し訳なさでいっぱいになった。 「もう一度やってみるよ」 僕は財布を開けた。 「もういいわ。無駄遣いよ」 彼女はゲームコーナーを離れた。 「本当は大きなクマのぬいぐるみを取って、真帆にプレゼントするはずだったのに…。まったく、真帆は何でこんなやつ…」 彼女は僕から目を逸らしてつぶやいた。 僕はカチンと来たが、何も言えなかった。 「やだあ、うさぎさんほしいよお」 僕達の後ろで、3歳ぐらいの女の子が大泣きしていた。 「ごめんな。お父さんにはできないんだよ。アイスクリーム買ってあげるから、泣き止んでくれよ」 父親は必死で宥めているが、女の子は泣き止みそうもない。 僕達がゲームを始める前からこの親子はゲームをしていたから、もう随分とつぎ込んでいるに違いない。 僕はうさぎのキーホルダーと西山さんを見た。彼女も手に持ったうさぎと泣きじゃくる女の子をかわるがわる見ている。 「あの子にあげようよ」 僕は彼女に言った。 「でも…」 ためらう彼女の手から僕はうさぎのキーホルダーを取った。 「西澤もきっとこうするよ」 僕は小さな女の子に近づいて、うさぎを渡した。女の子の顔がみるみる明るくなった。 「いいんですか。せっかく取ったものなのに」 そう言う父親は、喜ぶ女の子を見て嬉しそうだった。 「申し訳ないので、これを」 父親は僕の手に500円玉を握らせて、ぺこぺことお辞儀をしながら去って行った。
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