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「もうだめなの」
彼女が悲しそうに言った。俺は焦りながら、しかし必死に訴える。
「そんな事ない! まだ、君は輝ける! 綺麗だ!」
「見てよ、私のこの姿。綺麗なんて、何で言えるの。私ずっと待ってたのに。あなたが、私を放っておくから」
いくらか濁った目で俺を睨む。確かに。彼女の症状はかなり進んでいた。回復の見込みなんてないところまできてしまっている。こんな事になっているなんて夢にも思わなかった。今日会うのを楽しみにしていた。俺のせいだ。何でもっと早く会いに来なかったんだ、自問自答するがもう遅い。
その姿は出会った時よりも……。俺は見て見ぬふりをした。
「いや、まだだ。まだ、君は輝けるんだ!」
「無理よ、もう」
「無理じゃない!」
デザイナーの俺のやる気に火がともる。彼女を、徹底的にコーデする! 君はまだ、きれいなんだ! 徹底的にできる限りのことをして、彼女は鮮やかなドレスに身を包む。
彼女には、金のドレスがよく似合う。きらきら輝いた姿はいつも以上に渾身の出来だ。
「ほら、こんなにまだ輝けるんだ。綺麗だよ、金色なんて派手でもなんでもない、君を引き立たせるための脇役さ」
「ありがとう……でもね。一度でもこうなってしまったら、お化粧しても、きれいな衣に包まれても手遅れなの。この金色の下にあるのは……もう私は……」
「大丈夫だ、何も問題ないよ。僕らは一つになるんだ。僕は今から君を……」
「おーい、そろそろいいか、一人演劇。捨てればそれ」
「まだだあ! 絶対大丈夫いけるいけるちゃんと火を通したからああああ!」
「絶対傷み始めてただろ、アジ。ちょっと変な色してたじゃん」
「だからアジフライにしたんだよ、衣で隠されて見えないからセーフだ! 加熱してきっと菌は死んでる!」
「菌は死んでも腐敗は直らんわ。せめてチルド室に入れとけよ、何で野菜室入れた」
「酔っぱらってたからだよ! くそお、俺は食べるからな! 4時間釣りしてやっと釣った、たった一匹のアジなんだ! 運命の魚なんだよ!」
「はいはい、まあ好きにしな。後悔するだろうけどな」
黄金色の衣に包まれたアジフライを前に、「いただきまあす!」と叫んでから勢いよく食べた弟は、案の定次の日トイレから出られなかった。
ようやくトイレから出られるようになった彼はスポーツドリンクを飲みながら、戦い終えた戦士のように呆然としている。
「兄ちゃん……何で青魚って足はやいんだろうな」
「加速させたのはお前だけどな」
END
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