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コウタ
窓に叩きつける雨は弱まることなく続き、2週間が経った。ついにコウタが待避所の陸地側の入り口に姿を表した。カンサクはモニター越しに再会を喜んだ。
「コウタ、無事でよかった」
「クリスに会うために来た。そこにいるんだろ?」
「もちろん。彼女は元気すぎて、私の手に余るよ」
人手不足により、彼自身が迎えに行くしかなかった。制御室を離れる間は、クリスを部屋に閉じ込めておかなければならない。
だが彼女は俄然抵抗して、掴み合いになった。ふたりの関係は改善されたと思っていたのは、彼の見当違いだった。
「あなたの一人合点。自分が利己主義者だって、気づかないの?」
「彼と会えるのに、どうして君は素直に喜べない」
「素直じゃないのは、どっち? 思惑どおりになったんだから、躍り上がって喜びなさい。この、マゾヒストのオカマ」
彼女の捨て台詞が胸に刺さる。まったく見当はずれとは言えないからだ。刺された胸から、どくどくと血が流れ出る気がした。
現在、前世紀末から準備されていた地球浄化計画の発動により、地球上の全エリアで異常降水が続いている。水は人類が地上に撒いた毒素を洗い流し、土地を水没させ、建造物を洪水と土砂崩れで呑み込んでしまうだろう。何十億という人々が命を落とすことになるが、それは全て計画どおりだ。
コウタは水球への移住を認められた有資格者であるにも拘わらず、待避所へ出頭しなかった。10万分の1という希少な機会を、自ら手放したのだ。空前絶後とは言えないものの、稀有な例であることは間違いない。
「選ばれた人々? 海獣に身をやつしてまで、生き長らえるつもりはないよ」
「コウタらしいね。まさに高潔な心の持ち主だけが下せる決断だ」
ひと月ほど前のことだ。カンサクは気高い精神の発揚に触れて感動の涙を流したが、一方で愛するコウタを失わないための手立ても講じていた。管理者達を説得して、無資格のクリスを待避所に招いたのだ。もっとも反対派の彼女が自らここへ足を運ぶはずはなく、拉致してくるしかなかった。
カンサクの思惑は外れた。彼女と過ごす未来を提示することで心変わりを期待したのに、コウタは来なかったのだ。
その彼が突然、姿を見せたのはなぜか。見れば髪からは水が滴り、頬はこけている。カンサクは管理棟全体の温度を現在よりも2度高く調整すると、制御室を後にした。
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