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「…せい…」
遠い意識の向こうで、声が聞こえた気がした。
聞き覚えのある、心地の良い声だ…。
「せんせい…」
また、聞こえた。
その声に反応するように、ピクッと右手が動いたのが分かった。
その直後、その右手が、ぎゅっと握りしめられた。
「先生!!」
今度はよく聞こえた。
そっと目を開けると、眩しい光に目が眩んだ。
窓から差し込む太陽の光と、その光の向こうに見える、早瀬の顔…。
「先生!!」
早瀬は、泣きながらもう一度そう叫ぶと、はっと回りを見渡し、慌てながらナースコールを押した。
気が付いたら、俺は早瀬を抱きしめていた。
遠い意識の中で考えていたこと。
もし、もう少しだけ生きていられるのなら…
そう思った時に、浮かんできたのは早瀬だった。
もし、もう少しだけ生きていられるのなら、
俺は早瀬を抱きしめたいと思った。
ちゃんと、気持ちを伝えたいと思った。
『絶対幸せにする』なんて言えないけど、それでも一緒にいたいと思った。
死を目の前にして、初めて本当の自分の気持ちを認めることが出来た。
いつも笑顔で授業を聞いてくれる所も、
友達想いで優しいところも、
はにかんだ笑顔も、
こんな俺を好きだと言ってくれるところも、
全部全部愛おしいと思った。
「早瀬、ごめんな、ありがとう…。
早瀬、俺も、早瀬が好きだ。」
やっと伝えられた言葉。
立場とか、世間体とか、そんなものは抜きにして、俺の素直な気持ち。
抱きしめた腕の中で、早瀬が泣いているのがわかった。
俺はそれ以上何も言わず、ただ、腕の力を少し強めた。
ろくな人生じゃないと思っていたけど、
今、俺は幸せ者だと思えた。
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