かぼちゃの馬車には乗れなくても

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玄関のポストから発するカタンという音で、パッと目が覚めた。寝室と玄関は離れていて、いつもはそんな音になんか気づかないのに今日は何故だか起きてしまった。 時間は朝の6時。会社は休みだし、いつもなら2度寝する時間だが、今日は何故かその郵便物が気になり、玄関へ向かう事にした。 ポストを開けると高級そうな封筒にオマケにシーリングスタンプ付きという、何とも素敵な手紙が入っていた。 「うわっ! 何これ! すごーい、きれー……。差出人はっと…。書いてない。なんだろう? 」 私は急ぎつつも丁寧に手紙を開ける。 中を見るとこれまた高級そうな綺麗な紙に綺麗な文字でこう書かれていた。 本日、お迎えに上がります。 お召し物はこちらでご用意致します。 「何これ? いたずら? こんな凝ったいたずらするような友達いたっけ? 」 思い当たる節が全くない。そもそも、何時に何処へ連れて行かれるんだ? お召し物って? 正装しろってこと? そう考えると、この手紙は招待状ってこと? 疑問が溢れて尽きない。戸惑いながら、いたずらだと思う反面、何だかワクワクしている自分がいた。 だって、これお姫様が舞踏会へ行く絵本と同じじゃないか。魔法使いと硝子の靴がないだけで。意地悪な継母もお姉様もいる訳ではないし。 「ハハッ! 私って案外夢見がち〜。大学卒業して2年の間、仕事と家の往復で彼氏なんかいないし、出来る兆しもないんだし、これくらい夢見ても良いよね〜。」 この時の私は嫌がらせの類やもしかしたら知らない人に拉致されるかもだとか、そういった不安は一切なく、これから何が起こるのかという期待しか持っていなかった。それに、この手紙から悪意や恐ろしさは感じられず、むしろ、このちょっとした非日常感を楽しんでいた。 「さぁ、いつ迎えが来るか分からないし? メイクだけでもしようかな。“お召し物”は向こうが用意してくれるんだし。それにいたずらだったら、せっかくの休みだし、ショッピングにでも行こうかな〜っと。」 私はいそいそと支度をし始める。期待3.5割、いたずらの可能性6.5割。期待の0.5点はおまけだ。さてさて、いつ“お迎え”が来るのかな、なんて。 ― 時刻は22時55分。 …………待てども待てども来ないじゃない。いたずらの可能性が高いのだから、ある程度待ったら出掛けようと思ったが、何故か行く気になれず、こんな時間まで待ってしまった。そのくらい、あの素敵な手紙に惹き付けられた。引力のような魔力のような力があったのか、家から出られなかった。 「さてと、さすがにこれはいたずらだったな。期待しちゃった自分が馬鹿みたい。お風呂入ってもう寝ちゃおう。」 信じたくもなった。 こんな物語りの主人公みたいなこと私の人生には絶対に起きない。 いつもいつも、こう感じる。 私はこの世界の誰かの人生という名の映画の脇役で、登場時間はせいぜい3秒程度。しかも、雑踏の中の1人。 いつも、疎外感を感じていた。ここが私の居場所ではないような気さえしていた。 私がヒロインになれることなんて今までも、この先もこないのだ。 洗面所の時計は22時59分。秒針があと10秒で23時になる。 髪を上げるバンダナを着けて水を流しながら、メイク落としを顔に付けようとした手前で、いやに大きな音で時計の針が鳴り手が止まる。 そして、玄関のチャイムが鳴った。 「え! だれ? 」 思わず声が出る。まさか!まさか! 期待に胸が踊る。 メイク落としを水で洗い流し、バンダナを取って玄関へ向かい、ドアスコープを見る。 そこには、シルクハットを目深に被りステッキを持った老紳士らしき人がいた。表情は見えない。 急いでドアを開ける。 「お迎えにあがりました。お姫様。さぁ、こちらへ」 「何処へ行くの? あなたが手紙をくれた人? 」 「着けば分かりますよ。違うともそうとも言いきれません。」 「お姫様って?まさかあのお話みたいに、本当にかぼちゃの馬車でお出迎えなの?」 「いいえ、いいえ。まさか。道路交通法に抵触してしまいます。あそこに止まっている車です。さぁ、どうぞ」 そう言いそのおじいさんは、私に手を差し出した。 どうする? 見ようによっては、かなり怪しい。服装は現代では浮いてしまうようなコスプレ?もしくは変装だ。 でも、ここで手を取らなきゃあとで絶対後悔する。ただの脇役に突然舞い込んだヒロインになるチャンスなのだ。 迷ってる場合じゃない。 手をとるしかないじゃない。 「ありがとう。行くことにするわ」 「正しいご判断だ。きっと、忘れられない夜になりますよ。きっとと申しましたが、それはもう確実にです」 1時間程走った所で、煌びやかなお城が見えてきた。こんな所にお城なんてあった?そもそも、日本にあんな綺麗な西洋風のお城が建っていたら、有名になってもおかしくない。 「もうすぐ、到着します。あのお城が舞踏会…、現代風に言い換えますと、パーティですね」 「え? あ、そうなの? 待って。パ、パーティ?パーティに行くの?お城に着く前に着替えたいんだけど〜 」 「もうドレスを着ているではありませんか」 「え? 嘘でしょ? いつから? 」 「最初からです。さぁ、着きました。」 一体いつからどうやって着たのだろう? 家にいた時は、部屋着だったし、ドレスを着た覚えなんか全くない。このおじいさん一体何者?驚きや戸惑いの連続で頭がよく回らない。 このおじいさんが言う言葉には、奇妙な説得力があって、最初から着ていたのではと思えてきた。 そんなことに頭を悩ませていると、おじいさんが私が座っている扉を開けてくれて、また手を差し出したので、今度は迷わず手をとる。 「うわぁ…。嘘でしょ? 豪華過ぎる。夢の中みたい。」 お城へ一歩入り、ダンスフロアという部屋なのだろうか?その部屋の中央まで駆けて行き、豪華な部屋を隅々まで見渡す。 「わぁ! とっても綺麗! おじいさん! ここでパーティするの? 他の招待客は? 」 「いませんよ。私とあなた様だけです」 驚きで思わず後ろを振り返る。 さっきの少ししゃがれた優しいおじいさんの声ではなく、優しい響きは変わらないが声色は若く甘く、私と同じくらいの年齢のそれはそれは美しいお兄さんが立っていた。 思わず、見とれているとお兄さんは目の前まで来ており、恭しく跪き手を差し伸べてこう言った。 「私と1曲踊ってくださいませんか? 」 「はい。」玄関のポストから発するカタンという音で、パッと目が覚めた。寝室と玄関は離れていて、いつもはそんな音になんか気づかないのに今日は何故だか起きてしまった。 時間は朝の6時。会社は休みだし、いつもなら2度寝する時間だが、今日は何故かその郵便物が気になり、玄関へ向かう事にした。 ポストを開けると高級そうな封筒にオマケにシーリングスタンプ付きという、何とも素敵な手紙が入っていた。 「うわっ! 何これ! すごーい、きれー……。差出人はっと…。書いてない。なんだろう? 」 私は急ぎつつも丁寧に手紙を開ける。 中を見るとこれまた高級そうな綺麗な紙に綺麗な文字でこう書かれていた。 本日、お迎えに上がります。 お召し物はこちらでご用意致します。 「何これ? いたずら? こんな凝ったいたずらするような友達いたっけ? 」 思い当たる節が全くない。そもそも、何時に何処へ連れて行かれるんだ? お召し物って? 正装しろってこと? そう考えると、この手紙は招待状ってこと? 疑問が溢れて尽きない。戸惑いながら、いたずらだと思う反面、何だかワクワクしている自分がいた。 だって、これお姫様が舞踏会へ行く絵本と同じじゃないか。魔法使いと硝子の靴がないだけで。意地悪な継母もお姉様もいる訳ではないし。 「ハハッ! 私って案外夢見がち〜。大学卒業して2年の間、仕事と家の往復で彼氏なんかいないし、出来る兆しもないんだし、これくらい夢見ても良いよね〜。」 この時の私は嫌がらせの類やもしかしたら知らない人に拉致されるかもだとか、そういった不安は一切なく、これから何が起こるのかという期待しか持っていなかった。それに、この手紙から悪意や恐ろしさは感じられず、むしろ、このちょっとした非日常感を楽しんでいた。 「さぁ、いつ迎えが来るか分からないし? メイクだけでもしようかな。“お召し物”は向こうが用意してくれるんだし。それにいたずらだったら、せっかくの休みだし、ショッピングにでも行こうかな〜っと。」 私はいそいそと支度をし始める。期待3.5割、いたずらの可能性6.5割。期待の0.5点はおまけだ。さてさて、いつ“お迎え”が来るのかな、なんて。 ― 時刻は22時55分。 …………待てども待てども来ないじゃない。いたずらの可能性が高いのだから、ある程度待ったら出掛けようと思ったが、何故か行く気になれず、こんな時間まで待ってしまった。そのくらい、あの素敵な手紙に惹き付けられた。引力のような魔力のような力があったのか、家から出られなかった。 「さてと、さすがにこれはいたずらだったな。期待しちゃった自分が馬鹿みたい。お風呂入ってもう寝ちゃおう。」 信じたくもなった。 こんな物語りの主人公みたいなこと私の人生には絶対に起きない。 いつもいつも、こう感じる。 私はこの世界の誰かの人生という名の映画の脇役で、登場時間はせいぜい3秒程度。しかも、雑踏の中の1人。 いつも、疎外感を感じていた。ここが私の居場所ではないような気さえしていた。 私がヒロインになれることなんて今までも、この先もこないのだ。 洗面所の時計は22時59分。秒針があと10秒で23時になる。 髪を上げるバンダナを着けて水を流しながら、メイク落としを顔に付けようとした手前で、いやに大きな音で時計の針が鳴り手が止まる。 そして、玄関のチャイムが鳴った。 「え! だれ? 」 思わず声が出る。まさか!まさか! 期待に胸が踊る。 メイク落としを水で洗い流し、バンダナを取って玄関へ向かい、ドアスコープを見る。 そこには、シルクハットを目深に被りステッキを持った老紳士らしき人がいた。表情は見えない。 急いでドアを開ける。 「お迎えにあがりました。お姫様。さぁ、こちらへ」 「何処へ行くの? あなたが手紙をくれた人? 」 「着けば分かりますよ。違うともそうとも言いきれません。」 「お姫様って?まさかあのお話みたいに、本当にかぼちゃの馬車でお出迎えなの?」 「いいえ、いいえ。まさか。道路交通法に抵触してしまいます。あそこに止まっている車です。さぁ、どうぞ」 そう言いそのおじいさんは、私に手を差し出した。 どうする? 見ようによっては、かなり怪しい。服装は現代では浮いてしまうようなコスプレ?もしくは変装だ。 でも、ここで手を取らなきゃあとで絶対後悔する。ただの脇役に突然舞い込んだヒロインになるチャンスなのだ。 迷ってる場合じゃない。 手をとるしかないじゃない。 「ありがとう。行くことにするわ」 「正しいご判断だ。きっと、忘れられない夜になりますよ。きっとと申しましたが、それはもう確実にです」 1時間程走った所で、煌びやかなお城が見えてきた。こんな所にお城なんてあった?そもそも、日本にあんな綺麗な西洋風のお城が建っていたら、有名になってもおかしくない。 「もうすぐ、到着します。あのお城が舞踏会…、現代風に言い換えますと、パーティですね」 「え? あ、そうなの? 待って。パ、パーティ?パーティに行くの?お城に着く前に着替えたいんだけど〜 」 「もうドレスを着ているではありませんか」 「え? 嘘でしょ? いつから? 」 「最初からです。さぁ、着きました。」 一体いつからどうやって着たのだろう? 家にいた時は、部屋着だったし、ドレスを着た覚えなんか全くない。このおじいさん一体何者?驚きや戸惑いの連続で頭がよく回らない。 このおじいさんが言う言葉には、奇妙な説得力があって、最初から着ていたのではと思えてきた。 そんなことに頭を悩ませていると、おじいさんが私が座っている扉を開けてくれて、また手を差し出したので、今度は迷わず手をとる。 「うわぁ…。嘘でしょ? 豪華過ぎる。夢の中みたい。」 お城へ一歩入り、ダンスフロアという部屋なのだろうか?その部屋の中央まで駆けて行き、豪華な部屋を隅々まで見渡す。 「わぁ! とっても綺麗! おじいさん! ここでパーティするの? 他の招待客は? 」 「いませんよ。私とあなた様だけです」 驚きで思わず後ろを振り返る。 さっきの少ししゃがれた優しいおじいさんの声ではなく、優しい響きは変わらないが声色は若くそして甘く、私と同じくらいの年齢のそれはそれは美しいお兄さんが立っていた。 思わず、見とれているとお兄さんは目の前まで来ており、恭しく跪き手を差し伸べてこう言った。 「私と1曲踊ってくださいませんか? 」 「はい。」 そこに何の迷いもなかった。こうすることが自然で、こうなることが当然に思えた。 彼が耳元で囁く。 「来てくれると思った」 「ずっと、こうしたかった」 「ずっとずっと、会いたかった」 「この日を待ち続けていました。何百年もの間。夢みたいだ」 「ずっと、変わらずあなた様だけをお慕い申しておりました」 「もう、手離したくない」 「僕だけのものだ」 「私もよ」 即座に答えた。本心から思えたことだったからだ。頬には涙がつたっていた。初対面の男の人なのにどうしてこんなにも、懐かしい気持ちになるんだろう。会いたかったその気持ちばかりが頭を埋め尽くす。 ああ、そうだ。あなたは… 「思い出していただけたようですね。」 私たちは、再開の喜びに強く強く抱きしめ合った。 もう離さないと誓うように。
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