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2.飼い猫になりたい
見上げると、ビルに挟まれて細長い夜空だったけど、幸運にも、その中に丸い月が浮かんでいた。だから、街路灯が無くても、路地裏は意外と明るい。
猫になった私は、一斗缶の上に置いたスマートフォンをタップする。
おっ、肉球でもわりと違和感なく、反応するじゃん。
ひとまず安心して、あたりめを一本、口に入れた。ガシガシと噛むほどに味が染み出す。
エッ!? クソうまいんですけど。
味覚が変わったのか、猫になって、さらに、あたりめが美味しくなった気がした。
咀嚼音をたてながら画面をスワイプすると、最新の着信履歴に、会社の後輩である青木君の番号があった。すぐに折り返したいところだけど、猫なので、音声通話はできない。
しょうがないので、メッセージを打つことにして、文字をタップする。
何分ぐらい、かかったんだろう。
『元気?』と、三文字打ち込んだところで、諦めて送信した。
肉球が大きすぎる。上手く入力できなくて、苛立ちがピークに達してしまった。
仕方なくスマートフォンを背中に戻し、ビールケースにもたれて、なおも味が出続けるあたりめを噛む。乾燥していたはずのイカは、唾液の水分を得て、弾力を取り戻していた。
鼻孔の奥を刺激してくる匂いは、噛めば噛むほど強くなっている。
静寂の中、クチャクチャとはむ音だけが、ビルのはざまにこだました。
これから、どうしたものか……困ったなぁ……。
なにせ、キャンプすらしたこと無いんだから、野宿なんて、できない……っていうか、したくないし。
野良猫になるのも自由でいいかなとは思ったけど、やっぱり、飼い猫になって、安定した生活がしたいな……。
見えない未来の不安に苛まれていると、視界の端で、青白い光が、二粒、キラリと光った。
考えごとをしていて、気づかなかったけど、闇の中をすぐ近くにまで、何かが迫ってきている。
ま、まずい……。
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