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酸素ボンベに繋がれて、強制的に呼吸をさせられているうち、わずかに瞼を持ち上げることが出来た。
ぼんやりと病室の景色が見えてくる。
「にゃあ」
声のする方に視線を向けると、止血処置を施してくれていた年配の医師が、背中を丸めてパイプ椅子に座っていた。銀縁眼鏡を持ち上げ、目頭を指で押さえている。もはや、これ以上、手の施しようがないのだろう。
私の方は、とっくに諦めているんだから、そんなに落ち込まないでって言いたかったが、麻酔のせいなのか、口が動かない。
「にゃあ。にゃあぁ」
医師はため息を一つつくと、足元にいた黒猫を抱き上げて、膝の上にのせた。慣れた手つきで、頭を撫でている。
その黒猫は、ジャマイカ国旗のようなボーダー柄のセーターを着せられていた。
服のセンスは無いけど、そんなのを着せられているってことは、この医師の飼い猫かしら。
八割れの愛くるしい顔をしている。瞳も大きくて、なかなかの美人さんじゃない。
……って、そんなの、どうでもいいことなんだけど……。
私は、二十五歳――思い返せば、短かったけど、満足のいく人生だった。
幼い頃からずっと人気者で、高校時代の私は、クラス中の誰とでも仲良くできた。男子の友達も多くて、その内の何人かからは告白もされたっけ。
クラス一のイケメンに告白された時の私は……と、思い出に浸ろうとしていたら、にょきっと私の視界の中心に医師が顔を出した。
「須藤沙羅さん、起きましたか? 見えていますか? きこえますか? 意思表示が出来ますか?」
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