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「そちらはもう、絶命してしまったんだ……残念ながら。でも、脳内転送が間に合って良かったよ。本当に良かった」
私が見上げると、医師は額の汗を拭きながら、生き生きとした表情をして、白い歯を覗かせた。
騒がしく脈打つ心音は、立った耳でも捉えられるほど大きかった。それに呼応するように鼻息を荒くしていたが、冷静さを取り戻すに従い、徐々にテンポを落とす。
「未練があるのは理解しますが、どこかで断ち切らないといけないですよ」
その通りだと思った。
私は、猫として生きて行かないといけないのである。ただ、直近の生活を想像すると、どうしても確保しておきたいものがあった。
「にゃあぁん」
私は、死体となった元の体の腰の辺りをまさぐった。確か、ポケットにスマートフォンを入れていたと思う。
医師は、私の思いを汲み取ってくれたのか、死体のポケットの中を探してくれた。
「ああ。これか。これが欲しかったんだね」
医師は探り当てたものに巻いてある輪ゴムを外し、袋の中から一本取り出して、私の口にあてがってくる。
唾液腺を刺激する、かぐわしい香り……。
「ほら、食いなさい。キミは、あたりめが好物なんだね。ほら、食いなさい。ほら、ほら」
「にゃ、にゃーあん!」
(ち、ちがーう!)
この人は、何を言ってるの? まさか、天然じゃないよね? ひょっとして、ボケている?
このシチュエーションで、私が、ポケットのあたりめを探していたわけがないじゃない!
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