1.脳内転送

8/10
前へ
/142ページ
次へ
「そちらはもう、絶命してしまったんだ……残念ながら。でも、脳内転送が間に合って良かったよ。本当に良かった」  私が見上げると、医師は額の汗を拭きながら、生き生きとした表情をして、白い歯を覗かせた。  騒がしく脈打つ心音は、立った耳でも捉えられるほど大きかった。それに呼応するように鼻息を荒くしていたが、冷静さを取り戻すに従い、徐々にテンポを落とす。 「未練があるのは理解しますが、どこかで断ち切らないといけないですよ」  その通りだと思った。  私は、猫として生きて行かないといけないのである。ただ、直近の生活を想像すると、どうしても確保しておきたいものがあった。 「にゃあぁん」  私は、死体となった元の体の腰の辺りをまさぐった。確か、ポケットにスマートフォンを入れていたと思う。  医師は、私の思いを汲み取ってくれたのか、死体のポケットの中を探してくれた。 「ああ。これか。これが欲しかったんだね」  医師は探り当てたものに巻いてある輪ゴムを外し、袋の中から一本取り出して、私の口にあてがってくる。  唾液腺を刺激する、かぐわしい香り……。 「ほら、食いなさい。キミは、が好物なんだね。ほら、食いなさい。ほら、ほら」 「にゃ、にゃーあん!」 (ち、ちがーう!)  この人は、何を言ってるの? まさか、天然じゃないよね? ひょっとして、ボケている?  このシチュエーションで、私が、ポケットのあたりめを探していたわけがないじゃない!
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加