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「メロンパーン! メロンパンメロンパンメロンパン、あーもうっ、あのメロメロスイートなパンが食べたいよゥーッ!」
魔王ルウ・バーモンドは朝から喚き散らしていた。魔界の大公爵のくせに、まるでカエルがひっくり返ったようにベッドの上でじだばたしている。もはや威厳もクソもない、ただの駄々っ子にしか見えなかった。
「ルウちゃん、どうしちゃったんでスか?」
遅れてやって来たノックは、呆れ果てた顔をしているニコに目を向けた。朝食を三人で食べる約束をしていたのに、なにやら不穏な空気が部屋中に満ち満ちている。
「朝飯が気に入らないだとよ。まったく、贅沢いいやがって、このガキ」
魔王の寝室にはカレーパウダーたっぷりのターメリックライスが運ばれていた。クミンシード、ニンニク、ショウガを効かせた香ばしい匂いとタップリのクリームソースがなんとも食欲を誘うではないか。焼いたばかりの厚切りベーコンがまたとってもおいしそう。専属料理人のハウス小母さんが丹精込めて作った料理に、ケチをつけている魔王がニコにはどうしても許せないらしい。
「おい、ルウ! いいかげんにしろ。せっかくの飯が冷めちまうじゃねえか。食わねえんだったらオレたちが先に食うぞ!」
椅子に腰掛けたまま、ニコが大声を出した。貧乏ゆすりをしている彼の腹の虫が鳴った。
「好きにせい。われはメロンパンが食べたいのじゃ。そんなババくさいものは食べとうないわ」
魔王はあっかんべーをして、ニコを挑発した。
「なんだと! もう許さねえ、お仕置きしてやる」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ。乱暴はダメでス。相手は子供じゃないっスか」
腰を上げてベッドに歩み寄ろうとするニコをノックはあわてて制止した。
「ダメだ。ルウは二千九歳だっておまえも知ってるだろ? 飯を粗末にするようなヤツは魔王でも許さん!」
「何を言う! われは正真正銘の九歳じゃ。聖者の封印のせいで千歳若返ったと言ったではないか。だから少しくらいのわがままは許されるんだもーん」
魔王は小さな白い尻をボリボリ掻きながら言った。悪魔の尻尾がとってもチャーミングである。
「この野郎、開き直りやがって! 何が『もーん』だ、このババア。とにかく飯を食え。嫌なら無理矢理にでも食わせるぞ」
「はっ! おぬしみたいな貧乏貴族の成りそこないにできるわけがなかろう。身の程を知れェい!」
魔王はベッドの上に立ち上がり、なにやら手のひらに魔力を込めているようだった。徐々に寝室の空気がざわつき、ベッド周りのピンクのフリルがバタついているのがわかる。
「ダメっす。ニコさんもやめてくださいっ!」
ノックが必死の形相でニコに目をやると、彼は薄ら笑いを浮かべて、壁にかけてあった黒鞘から魔剣プリンプリンスを引き抜いていた。魔王と契約を結んだ彼の身体にも魔界の魔力が流れ込んでいるのがわかる。
「ふんっ。ショボい魔法なんかこのオレには通じないことをその身に叩き込んでやる。いいからノック、下がれ。危ねえぞ!」
「いやだぁーっ、こんなくだらないことに巻き込まれて死にたくないっス。二人とも冷静になって――なれよ、こんちくしょう!」
もはや二人を止められる者はいない。
ニコは幅広の両手剣を大上段に構えて、魔王の極大魔法レートルゥトを真っ二つに切り裂く気満々だった。果たして彼にできるのか?
「男には命をかけてやらねばならないことがあるっ!」
「われのメロンパンにかける執念、思い知るがいい!」
「もうダメだ、この二人。こうなったら……誰かーっ、助けてください! ボクは死にたくありましぇーん! ハウスさん、カモーンッ!」
ノックの死にものぐるいの願いが通じたのか、ドアを開けて顔をのぞかせたハウス小母さん。ただ単に食器を下げに来ただけなのかもしれないけれど、なぜかパリパリと強い静電気みたいな空気感に、ちょっとだけ驚いた顔を見せている。
「なんですか騒々しい。あらやだ、ちょっと二人ともおやめなさい。って、聞こえないのかい? チッ……ごらァーっ、二人ともやめろつってんだろうがぁー!」
魔界屈指の魔道士であるハウス小母さんが大声を張り上げると、寝室中にみなぎっていた魔力が嘘みたいに消え失せた。本人は明言しないけれど、実年齢は魔王ルウ・バーモンドよりお召しになられていらっしゃる。なのにお肌のツヤが良くって、二千歳は若く見えるっていつも言われているのが自慢なの。オーッホッホッホ!
「まったく、屋敷を壊されたら困るのよねェ。だからしばらくおとなしくしてなさいな。で、ノック、何があったのか説明してちょうだい」
魔王とニコがへなへなとその場に突っ伏しているのを見たノックは、ゴクリとつばを飲み込んだ。
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