はじまりはじまり。

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 全てのきっかけは、とあるSNSだった。大学生の頃、周りでは必ず誰もがダウンロードしていたSNSアプリは、一回の投稿が"呟き"レベルの百四十文字に制限された、ミニブログのようなもので。  そこに、「s」という簡素なアカウント名で、学校生活を送る上での会話からインスピレーションを受けたちょっとした恋愛話を投稿しはじめたのは、本当に気まぐれだった。ドラマチックな展開があるわけではない。ただ、「学校やバイト先で、こういうことが起こらないかな」と思えるシチュエーションが浮かぶ度、自由に投稿していた。――だからそれが、何がどう起爆剤になったのかは未だによく分からないけれど、急に爆発的な反応を寄せられた時は心底驚いた。 『sさんのお話、本当に自分にもいつかあり得そうで大好きです!!!』 『今日、好きな人と授業中にsさんのこの投稿と同じような展開になって、心で叫びました』  自分が表現したことに、誰かから反応を返してもらえることがこんなにも嬉しいのだということを、私は知ってしまった。所謂、承認欲求と呼ばれるものも多分に含まれている。 自分の世界を優しく肯定してもらえる。"元気が出た"とか、誰かの力になれたのかもしれないと自惚れてしまうような宝物みたいな言葉も、多く得た。そういう輝きに触れる度、もっと沢山頑張って書きたいと思うくらいには、私も単純な人間なのだ。 《初めまして。突然のDMで申し訳ありません。構想(こうそう)社の榛世と申します。sさんのお話を是非、弊社の電子書籍アプリに掲載させていただきたく、ご連絡差し上げました》  こっそり趣味として楽しんでいたSNSに、なッッッがいメッセージが届いた時は正直戸惑った。 何度か出版社から声をかけてもらうことがあっても、私が首を縦に振ったことは無い。 「商業が絡めば、私は自由に書けなくなるので」  そんな尤もらしい台詞を使って断り続けていたから、この"構想社の榛世さん"からのお誘いも勿論断るつもりだった。だけど他からのお誘いのように直ぐに遮断出来なかったのは、メッセージからも彼女のあまりに誠実な人柄が滲み出てしまったからだと思う。  実際に初めて出会った時の彼女は、ベージュのセットアップスーツで、出来る女の雰囲気を惜しげもなく醸しながら、緊張で喫茶店の椅子に思い切り足を強打させるようなドジっぷりもあって。 『大事にします。先生が今抱えられてる、才能への迷いも期待も全部です。私が絶対、大事にします』 ――そして、本当は私が一番不安だったことを、凛とした声で掬い上げた。「もしかして私でも」と商業作家に挑戦してみたい気持ちと「私なんて無理」と己を嗜める二つの気持ちを、真正面から全て大事にすると言われてしまった。思えば私はこの時点で、とっくに榛世 あすみという編集者には敵わないと自覚していたのかもしれない。
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