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はじまりはじまり。
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プロローグ。序章。冒頭。書き出し。
言い方は色々とあるだろうけれど、とにかく、"その部分の大切さ"は態々口に出すまでもなく痛いほど知っているつもりだ。
「……今、なんて?」
「えっと、だからね。その、暫く担当を外れることになりました」
「……誰が」
「私が」
「誰の」
「さ、サチ先生の」
開いた口が塞がらない、なんて表現を作品の中で使ったことは勿論ある。「嗚呼、こういう時にこそ使うべき」と無駄にこの状況を客観的立場で俯瞰しつつ、実感してしまった。
頭が真っ白になっていく中、両手に収まるマグカップをなんとか滑り落とさなかったのは、我ながらファインプレーかもしれない。
「……あすみちゃんが、私の担当じゃなくなる……?」
「は、はい」
「意味が、分からない」
「あのね、話すと短いのだけどね?」
「じゃあ早く話して???」
「ちょっと、仕事を抱え過ぎだと言われまして……」
テーブルを挟んだ正面で、顰めっ面のまま頭を抱える彼女は確かに、先月"チーフ"という役職がついたと言っていた。
管理職の立場になることは、当然責任と仕事、両方の幅が増える。新人教育のために人事部主催のイベントにも駆り出されたり、新しいプロジェクトにも色々と参加しているのだと、彼女から直接多忙ぶりを耳にしたこともあったのに。「相変わらず忙しいなあ」なんて間抜けな感想を抱いて疑問視しなかった私は、馬鹿だ。
「あ、勿論永久的にってことじゃないよ!?でもせめて最近立ち上がった新しいアプリのプロジェクトが軌道に乗るまではそれを優先するようにと、編集長から通達がくだりまして……」
目鼻立ちのくっきりとした綺麗な表情に焦りを浮かべる彼女とは、私が大学生の頃からの付き合いなので、かれこれ五年以上になる。
「申し訳ありません。こちらの都合で先生方を巻き込むのは大変身勝手なことだと、重々承知しています」
深々とまるでお手本のようなお辞儀と共に真っ直ぐ謝罪を告げる私の担当編集者――榛世 あすみは、出会った頃から何も変わらない。
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