アンタはきっと気付かない

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それは最初幼い日に抱いた淡い恋心だった。 万人受けする爽やかな笑顔を浮かべて、愛想笑いも出来ない僕の手を取り、世界を美しく彩ってくれる。 「なんだ、優生?またクラスでハブられたのか?……本ばっか読んでて無表情で暗いからだって?気にするなよ、その歳でそんな難しい本読める優生は凄い奴だ。だから自信を持てよ」 そう何時だって僕の話を真剣に聞き、大丈夫だと励ましてくれるアンタは本物のお父さんよりもお父さんらしく。実のお兄ちゃんのように近い存在。 「藤悟おじちゃん」 「うーん。おじちゃんはやめて欲しいかな?まだ三十六だから、おじちゃんはやめて」 「じゃあ、藤悟」 「呼び捨てかよ」 まぁ、良いけど、とニコニコと笑うアンタのその笑顔は自分にはない輝くような明るさがあり、最初は憧れに近い気持ちだった。 「まぁ、愛想笑いが出来ると生きるのがかなり楽だけどな。」 笑顔は大切だぞー、とクイッと僕の口角を上げて笑う藤悟は外資系の会社に勤めていて、その笑顔を武器に国内外でも営業マンとしてバリバリ働いているそうだ。 「だからあの人の笑顔って嘘臭いのよね」 営業スマイルだからと、母はよく言っていた。 好感を持たれるように作りに作った笑顔。きっと本当に心からあの人は笑った事がない。心では何を思っているかは分からない。 母は表では藤悟と仲良くしつつも裏では成功している藤悟を妬んでいた。母も僕と同じで人との付き合いが苦手で無表情な人だった。 しかし、母が藤悟を妬むその気持ちが僕には理解出来なかった。 僕にはないものを持つ藤悟はやはり眩しくて大きくなる度に憧れは恋に変わり、恋は愛に変わり、愛はどうしようもない劣情へと変わっていく。 あの笑顔で仕事もできる藤悟は交友関係も広く、勿論そんな人を放っておく女は居なかった。付き合う期間は短かったがフリーである期間も短い。 街で女性と歩いているのを見る度にモヤモヤして、早く別れて欲しいと思っていたものだ。 そんな時だった。 何時もは仕事一辺倒で家庭を顧みない父が僕を仕事場に呼んだのは。藤悟への劣情が募り、爆発する一歩手前の時だった。 「美しいだろ、優生。コイツは人類の新たなる夜明けだ」 そう興奮して父は研究室に呼びつけると電子顕微鏡を覗くように促した。電子顕微鏡を覗くと小さな菌が分裂して蠢いていた。 それは常人にはとても美しいと思えるものではないが、ウイルスを妻より愛し、生涯を捧げている父には美しく見えるそうだ。 「これはな。死んだ細胞を復活させるウイルスなんだ。これの研究が進めばその内冷凍保存している死者の復活も夢じゃない。人類の悲願が達成される日も近い」 今度は藤悟にも見せてやらねば、と呼び付けた僕を置いてひとりで父は自身の世界に浸る。父は母よりもウイルスを愛し、母と話すよりも弟の藤悟と話す事を好む。 研究の内容を理解出来なくても最後まで興味を持って話を聞いてくれる藤悟は父の唯一の話し相手で理解者だった。週一で飲みに行く仲で僕はそんな父を羨ましくも妬んでもいた。 ふうん、とテキトーに相槌を打ち、はたと父のディスクに乱雑に置いてある薬瓶に目がいった。 「あれは?」 「ん?…ああ、処分する薬だな。世に出せない程、まずい薬でな。細胞を一つも傷付けずに安楽死できる薬だそうだ」 その薬は父曰く、人の安楽死が禁止されている日本でもバレずに投与でき、証拠が一切残らない薬。言い方を変えれば、完全犯罪の出来る毒薬だ。 海外の一部で売る事を視野に作ったが、日本の製薬会社である為、日本の倫理観に反する薬を海外だとしても売る訳にはいかないという上の決定で廃棄になったそうだ。 「この安楽死の薬を使えば、細胞を傷付けない分、このウイルスで生き返る確率も論理的には高くなるのだが…」 残念だと父は語り、またご執心のウイルスへと気持ちを戻す。 父はまたウイルスについて語り出したが、僕の耳にはもう入ってこない。 目がその毒薬から離れない。 何故か目がその毒薬から離せない。 結局、数瓶あったうちのひとつをくすねてしまった。 今思えば、これは僕が常人だったら最悪の出会いだったのかもしれない。 僕はその日からこの毒薬を何時も上ポケットの中に入れていた。 何故、そんな危ないものを持ち歩いていたのかはあの時の僕には分からなかった。何かをくすねたのもこれが初めてだったから。 その日も薬瓶をポケットで転がし、自宅の玄関で藤悟が来るのを待っていた。遊びに行く時は何時も藤悟は玄関まで僕を迎えに来てくれた。 「お待たせ」とさして待たせてもいないのに笑って迎えに来てくれるのだ。 この瞬間が僕は一番好きだった。 まるで待ち合わせをしている恋人のような気分になって、藤悟が僕を一番に考えて見てくれる時間なので独り占め出来たような気分になって好きだった。 でも、やっぱり物足りない。 僕は藤悟の全てが欲しかった。 僕だけを見て、僕の事だけを考えて。 二人だけの世界で生きたいと思っていた。 周りは邪魔だ。 クラスメイトは僕の事を一切理解しようとも関わろうともしないし、周りは僕と藤悟の時間をさも簡単に奪っていく。 学校という施設が僕と藤悟が会う機会を減らして、周囲は魅力的な藤悟を放っておかない。このままではこの幸せな時間すら奪われてしまう。 ー 手に入れないと 上ポケットの中であの薬瓶を転がし、迎えに来たいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべながら藤悟が差し伸べてきた手を握り、歩き出す。 今日、告白しよう。 その清潔に整えたその綺麗な手の感触に頬を染めながらそう人生最大の決断をしたのだ。 だが…。 「全く、可愛い奴め。『好きです。将来、結婚してください』…て、それはオジじゃなくて母親に言う事だろ。ははっ…、しょうがないなぁ」 遊びに来た遊園地の観覧車の上。 夕日色に染まる海を眺めながらの告白。 僕的にはかなりロマンチックな場面で告白出来たと思うし、手もさりげなく握って雰囲気だって作った。だが、小さな子供がよく言う「お母さんと結婚する」の部類に入れられてしまった。 そうじゃない。本気なんだと伝えても「うんうん。ありがとう。一生大切な思い出として取っとくよ」と笑いながら交わされる。 僕はどうやら藤悟の恋愛対象には入らないらしい。 じゃあ、何歳になったら告白を受けてくれるのかと聞けば、ニコニコと笑いながら頭を優しく撫でて諭してくる。 「優生。オレは海外での滞在経験もあるから性別どうこうは何も気にしないけどね。…年齢的に犯罪かな?オレは三十六で優生は十二。歳をとってもその二十四歳の差は埋まらない。…ほら、おじさんなんて口説いてないで青春を謳歌しろよ、青春は短いぞ。」 なんてね、と茶目っ気を入れながら「ごめんね」と断りを入れる。 「なら、歳がどのくらい近かったら受けてくれるの?二十歳?二十一歳?」 「え?…うーん。せめて十二歳差…までかな。それも中々アウトな気がするけども」 「十二歳差…。二十四歳」 「ほらほら、この話は終わりっ。恋愛対象じゃなくてもおじさんはきちんと優生を大切に思ってるから心配しない」 ちゃんと好きだから難しい顔で考え込まない、そうフォローするが、僕はその『好き』じゃ物足りない。それは僕が欲しい『好き』ではない。 どうすれば藤悟が手に入る? どうすれば歳の差を埋められる? どうすれば? そう思考を巡らせていると藤悟が更に追い討ちを掛けてくる。 「そうだ、優生。…オレ、実力を買われて海外の企業で働く事になったんだ。だから会える機会が少なくなるけどちょくちょく、日本に帰ってくるからな。そしたらまたおじさんとも遊んでくれよな」 構ってもらえなくなるのは寂しいからさと笑いながら藤悟は突然別れを告げる。 海外に行くのは一ヶ月後。 それまでにいっぱい遊ぼうなと言われたが僕は追い詰められていて、とても話を聞ける状況じゃなかった。 告白は失敗した。 藤悟は遠くへ離れてしまう。 どうすれば…。どうすれば。 藤悟の手を離し、動揺で震える手を隠すように上ポケットに突っ込むと冷たい無機質なものが手に触れた。 あの告白から一週間後。 藤悟は突然、通勤中に電車の中で倒れた。 それはあまりにも突然の出来事で病院に運び込まれる時にはもう既に藤悟は息を引き取っていた。まだ三十六という若さで藤悟は事故でも病でもなく本当に突然、原因不明の死を迎えた。 父は弟の突然の死を酷く悲しみ、母が止めるのも聞かず、何千万も注ぎ込み、藤悟の冷凍保存に着手した。あの細胞を生き返らせるウイルスを完成させて、弟の藤悟を蘇らせる気らしい。 父はこれまで以上に研究にのめり込み、僕もその研究を手伝う為にウイルス研究の道に進んだ。そして僕が二十四になった時にやっとウイルスは完成して藤悟に早速投与した。 その間に様々な周囲の思惑や母の裏切りに合い、技術が中途半端に漏洩して世界が終わってしまったが、そんな事はどうでもいい。 完成体を求めてまだ目覚めない藤悟を盗もうとした不届な輩がいて、藤悟をあんな倉庫に隠す事になってしまったが、それもしょうがない事だ。 藤悟が自ら僕を受け入れる。 何時もの清潔感のある爽やかな様相とは裏腹に色香を漂わせ、光悦の表情で果てていく。 脈も良好。生殖機能に異常もなし。 身体の何処もかしこもあの頃のまま。 長い実験は成功して、藤悟は僕だけのものとなっていく。 何度も色めかしく乱れて疲れて眠る藤悟を抱き寄せれば幸福感に包まれ、寝ている藤悟に口付けをすると少し眠たそうに目を開けて可愛く擦り寄ってくる。 「欲求不満か。若くないんだからもうちょっとは労ってくれよ」 「きちんといい子になったからこうして労ってるんだろ、藤悟」 「…そりゃ、どうも」 少し不服そうだったが唇を合わせ、舌を絡ませると合わせて舌を絡ませてくる。 愛情を込めて身体中に口付けを落とすと、もじもじと居心地悪そうに太腿を動かし、上目遣いで誘ってくる。 ゴクリと喉を鳴らして手を伸ばすとその手を両手で掴んでその柔らかな唇がチュッと口付けを落としてきた。 「なぁ。君はなんていうの?オレは君をなんて呼べばいい?」 「じゃあ、『ユウ』って呼んで」 「『ユウ』…か。なんか複雑な気分だな」 はははと苦笑いを藤悟は浮かべる。 きっとアンタは可愛がっていた甥っ子と僕を重ねて複雑な気分なのだろう。『優生』はアンタの恋愛対象じゃないから。 だから何も知らなくていい。 僕が誰なのかもアンタが何になってしまったかも。 「死んでもずっと愛してる」 そう愛を囁けば「重いな」と照れて頰を赤く染める。 アンタはきっと気付かない。 その言葉の本当の意味も……。 To Be Continued…?
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