アンタはきっと気付かない

2/4
前へ
/4ページ
次へ
薄暗い廊下の中。 俺は一度も振り返らず歩き続ける青年の白衣を追い、歩き続けていた。 その間何度もゾンビは青年に襲いかかってきたが青年は一切の動揺もなくメスで切り裂き、進んでいく。 そんな青年に不気味さを感じながらもただ青年の言う通りについて行った。状況を理解できていない俺には青年について行くしか生き残る道はなかった。 薄暗い廊下を抜けると窓から陽光が差す明るい廊下へと出て、外の様子を伺う事が出来た。だが、外の状況を見ても結局はこの建物の中と変わらず、絶望しか広がってなかった。 窓の外に広がる光景は荒廃した世界。 荒れ果てた街の中には人は一人もおらず、その代わりにゾンビ達が闊歩していた。 意識を失っている間に何がこの世界にあったのか。そもそも俺はどのくらい意識を失っていたのか。窓からはよく通っていた珈琲屋が見えたが、廃墟と化していた。 「なぁ。この世界に何があったんだ?」 意を決して青年に話し掛ける。 しかし、青年は答える事なく、ただ無言で歩き続ける。それでも俺は唯一の情報源である青年から話を聞きたくて話し続けた。 「つい一時間前まで知らない場所で意識を失っていて何が自身に起こっているのかも何もかも分からないんだ」 「…………」 「もしかしたら記憶喪失の可能性もある。頼む。君が知っている事教えて欲しい」 「…………」 だが、青年はやはり答えない。 青年から情報を引き出す事を諦めて、青年との道中に生存者がいないかと探したが、ゾンビしかおらず、冷や汗を流す。もしかしたら生存者は俺とこの青年だけの可能性もあるかもしれない。 営業で身につけた万人ウケする爽やかスマイルをはっつけて青年ともう一度コンタクトを取ろうとしたが、青年は無言。本当にどうしよう。 「入れ」 そんな青年がやっとまた口を開いたのは青年の目的の場所に着いた時だった。 青年は一つの扉の前に立つとパスワードを打ち込み、扉を開けた。 青年に言われるがまま部屋に入ると部屋には試験管や電子顕微鏡などの研究機材が置かれており、そこが研究室だという事が見て取れた。青年の白衣といい、この研究室といい、青年は研究員なのかもしれない。 ー じゃあ、ここは研究所か? 一つ、青年とこの建物についての情報を手に入れて、その話題を振って青年の心を開いて更に情報を手に入れようとした。だが、青年は煩わしそうな顔をすると腕を掴んで風呂場へと引っ張り入れ、シャワーをぶっかけた。 「わっ!?な、何を。服までびしょ濡れじゃないか」 「脱げ」   「せめてもう少し説明してくれ」 青年が心を開くようにはっつけていた爽やかスマイルを剥がし、きっと睨むと眉間に皺を寄せ、不服そうな顔をしてため息をついた。 「…アイツらの体液が傷口から入ると感染する恐れがある」 「だから身体を洗えって?最初からそう言ってくれよ。…分かった。洗うから出て行って」 「駄目だ」 青年の手が俺のシャツに伸び、ボタンを引きちぎるように乱暴に脱がす。自分で脱ぐからやめろと制止するが青年は聞かずに、下着まで剥ぎ取られた。 「感染してないか確かめる必要がある」 そういうと青年はボディソープを自身の手に乗せて泡立て始めた。泡だらけになった青年の手が俺の肌の上を滑る。 「お、おい。傷口があるか確認するだけなんだよな?洗うのは自分でする。」 「傷口の確認だけじゃ足りない。身体の機能が損なわれていないか確かめる必要もある。アンタは僕が管理する。」 「管理って!?ちょっと…。そこは自分でっ」 青年の手は無遠慮にそして傷口が無いか調べるように丁寧に俺の身体の隅々を洗っていく。 赤の他人に身体を洗われるのはとても恥ずかしい。恥ずかしくて何時もより敏感になっているのか手の感触に身体がムズムズと疼く。 これは一体、何の確認なのだろうか。 やはり、おかしいと青年の手を掴むが、掴んでいない青年のもう一つの手が俺の首に周る。 「きちんと全部調べないといけない。それが出来ないならゾンビの巣窟に戻すしかない」 耳元でそう冷酷な言葉で囁く。 その声には一切、感情は乗っていなかったが、首に回った手に力が入り、自身の立場を嫌でも分からせる。 俺に拒否権はない。 拒否するなら見捨てられるだけだ。 掴んだ手を離すと青年は「いい子だ」と耳元で囁き、チュッと音を立てて首筋に口付けを落とした。 その青年の行動にギョッとして顔を青年の方へ向けると青年はただこちらをじっと見ていた。穴が空くのではないかと思う程真剣に。 「いい子にしていたら知りたい事を教えてやる。出来るか?藤悟(とうご)」 「なんでオレの名前を知って……」 何故見ず知らずの青年が俺の名前を知っているのだろう。そんな疑問すらも飲み込み、考える暇も与えない程深く唇が重なる。 息継ぎもさせないくらい長く何度も何度も角度を変えて落とされる口付けに酸欠になりながら少し濡れた青年の白衣を弱々しく掴んで抵抗する。しかし、それは抵抗とは名ばかりでまるで青年に縋っているようだった。 「口内に傷口はなし。感度にも異常はないな」 やっと唇が離れると酸欠で力の入らなくなった俺の身体を支えて青年はブツブツと呟く。やっと解放されたと思ったのも束の間…。 「生殖機能と内臓の機能の確認もしなければ…」 そう恐ろしい事を呟くと青年の手は下半身の方へと下がっていく。まさか…。 「や、やめッ」 「生殖機能の確認と内臓の動きも知る為に触診する必要がある。…いい子になるんだろ?藤悟。それとも悪い子として放り出されたい?」 「いや…だ。死にたくない」 「なら、いい子にしていろ」 手を壁に付けと命令されて、命を握られているので渋々指示に従うと青年は初めて笑みを浮かべて「いい子だ、藤悟」と俺の頭を撫でた。 こんな自身より若い青年に頭を撫でられるなんてと最初は屈辱だった。 しかし、逆らうと手酷く脅され、一切逆らわずに従うと優しく扱われた。その度に「いい子だ」と褒められて撫でられる内に撫でられる事は嬉しい事だと段々と頭が勝手に錯覚し始めてしまう。 そうやって手懐けられて、確認だと青年の手で狂おしいくらいに身体中を快楽で染められて、青年の求める『いい子』へと身体は作り替えられていく。 青年は『いい子』になった俺の身体を傷口がないか隅々まで洗って確かめた。随分と長く洗われていた気がする。 何回も青年の手で快楽に溺れ、気づいた時には毛布に包まれて青年の腕の中で寝ていた。青年は俺を抱きながらソファーに座り、珈琲を飲んでいる。 「…感染はしてなかった。身体の機能に問題はない」 俺が目を覚ましたのに気づくとそうぶっきらぼうに答えた。 「だが、管理は続けなければいけない」 青年はそう付け加えると飲んでいた珈琲を俺に手渡す。青年の腕の中から出て珈琲を頂こうとしたが、青年は俺を離す事はなく、仕方なく青年の腕の中で飲む。 飲むと珈琲は酸味のほどよく効いたモカブレンドのもので俺の好みの味だった。そこにまた違和感を抱いたが、そもそも今起きている事自体も何も知らないのでその疑問は一度しまい、聞きたかった事を先に聞く事にした。 「今、何が起きてるんだ。この世界に一体何が起こったんだ」 「…ある研究者が生き物を生き返らせるウイルスを作り出した。それを欲したある機関が一部の資料を盗み、作り出した不完全な失敗作のウイルスが漏洩して瞬く間に世界に広がった。……失敗作に感染すると知性のないゾンビになる」 「そんな…、映画みたいな事が…」 「実際に起きてる事だ。今の所、安全なのは僕の研究室だけで、他の生存者は確認できていない」 「オレが意識を失ってる間に…世界は終わったのか…」 「たった数日でウイルスは瞬く間に世界を崩壊させたからな」 本当にゾンビ映画みたいな展開で笑えない。 まさか目を覚ましたら世界が終わってたなんて…。 そもそも俺はどのくらい意識を失ってたのだろう? 何故、この施設の一室で俺は寝ていたのだろう? そう聞けば青年は知らないの一言で話を終わらせた。 この青年はかなり怪しいが、まぁ、俺に起きた事まで全て知っている訳ではないかと取り敢えずは納得した。本当に何故、あんな所に寝ていて、その前の記憶がないのだろう? 「…本当に生存者はいないのか?」 「僕はこの研究所の敷地から出ていない。少なくともこの研究所には他に生存者はいない。」 「じゃあ、外にはいるかもしれないのか?」 「外はここよりもゾンビだらけだ。諦めろ」 「家族の安否が知りたいんだ。独身で妻も子供もいないが、仲良くしていた兄夫婦の安否が知りたい。…甥っ子の優生なんてまだ小学生なんだ。あの子が無事なのか特に確かめたいんだ」 そう青年に詰め寄ると目を瞬かせた。一瞬、口角が上げたように見えたがすぐに無表情に戻り、「駄目だ」と冷たく切り捨てた。 「なんで…」 「外はゾンビだらけだと言った筈だ。諦めろ」 「あの子はまだ小学生なんだよ。もしかしたら何処かで生きていて怖がってるかもしれない。助けを待ってるかもしれないじゃないか」 「子供なら尚更、ゾンビに襲われてもういないだろ」 「そんな言い方ッ」 「…アンタが外に行っても何も出来ずにゾンビに襲われるだけだ。死にたくなければいい子にしていろ」 するりと青年の手が毛布越しで胸に触れる。 するとゾクゾクと散々いじられた身体が疼き、ジンジンとお腹に熱が溜まる。 「この世界にはアンタと僕だけだ。アンタは僕だけを求めていればいい」 その言葉はまるで告白のようで首を傾げる。 その俺を見つめる顔は変わらず無表情なのにその瞳はブレずに真っ直ぐにこちらに向けられていて、ドキッとして思わず目を逸らした。 本当に訳が分からない。あのお風呂場での行為だって訳が分からない。感染してないか確かめる方法は絶対他にもあった筈だ。あんな方法である必要はない。 「オレと君はさっき会ったばかりだ。君は本当に誰なんだ。オレに何を求めているんだ…」 「知る必要はない。いい子になる藤悟には必要のない事だ」 飲み終わったカップを取り上げると青年の端正な顔が近付き、噛み付くように唇を奪う。 唇を奪いながら毛布をするりと肩から落とされる。毛布の下は何も身に纏っておらず、青年の手に触れられただけで身体が火照り、するりとお尻を撫でられただけで、先程与えられた気持ちの良い事をまたもらえると期待しまう。 「藤悟はいい子だからもう覚えられた筈だ。…ほら、藤悟は人の顔色を伺って合わせるのは上手だろ」 「君はオレを知っているのか?君はオレが知っている人物なのか?」 「それも知る必要はない。藤悟には必要のない事だ」 また唇が重なり、青年の手が快楽を引き出す。 青年から与えられる今までの女性経験では感じた事のない未知の快楽を教え込まれて思考と身体も蕩けていく。 「後、もう少しで成功だ」 俺の顔を見て、そう言って笑う青年のその顔に兄の笑顔が重なる。 俺の兄もそういえばよく白衣で生活していた。 兄は製薬会社の研究員をしていて、仕事熱心な兄は休みの日でも仕事の事ばかりで義姉も困った人だとよく俺に愚痴をこぼしていた。 ああ。だから、甥っ子の優生も兄ではなく、俺に懐いていた。よく遊園地に連れてってやったり、相談も聞いてたな。 あの子は引っ込み思案で人と関わるのが苦手な子だったから。笑顔の作り方も分からない子だったから。 我が子みたいに可愛くて心配で。 「優生…」 助けに行かないと…。 何度も快楽に溺れ、疲れ果て強い眠気に襲われる中、大事な甥っ子を求めて何もない天井に手を伸ばした。 その手を取ったのは皮肉にもあの青年で青年は遠のく意識の中で幸せそうな笑顔を浮かべて取った手の甲に口付けを落とした。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加