2人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
1
夕焼けが校舎の屋上を赤く染めて、二人の影までもが赤く色付いているように見える。
高校の制服を着た男と女が二人、見つめ合っている。
『フミヤの事が好き。出会った頃からずっと。』
女は、大きな目を潤ませて必死に男を見上げる。その表情は不安と高揚が入り混じっていて、切ない声は少し震えている。
細く白い手は、震えを抑え込むように制服のセーターの袖をギュッと握り締め、相手からの言葉を待つ。
『リカ、ごめん。俺、好きな人がいるんだ。』
男は、小さい頭を傾けながら、涼し気な目元を歪めて、気まずそうに答える。
『アリサの事でしょ。』
目を逸らした男のシャープな横顔に、女は震える声で問いかける。
『・・・うん。』
男は、唇を固く結んで頷いた。
『アリサはまだ元カレの事が好きなんだよ。』
『知ってる。知ってるけど…。』
男の言葉を遮るように、女は男の唇にキスをした。
『私なら、アリサのことも忘れさせてあげられる。』
女は驚く男に、何度も激しいキスをする。
『やめろ。こんなのよくない、こんな事しても、俺は・・・。』
男は長い腕で女を押しやると、悲しい顔をしてとどめを刺した。
『俺は、リカの事は好きになれない。』
男の長い腕を必死に掴みながら、真正面から男を見上げ、大きな目から涙をこぼす女。
涙は、次から次へとこぼれ落ち、堪えきれなくなった気持ちが嗚咽に変わる。
『ごめん。』
男は、泣き崩れる女を残して、去った。
女は一人、叶わなかった気持ちを吐き出すように泣いている。
「カット!OK!」
張り詰めていた緊張が、その言葉によって一気に緩み、泣き崩れていた女=杉浦佳子は立ち上がり、涙で濡れた頬を手で押さえながら、顔を上げた。
「ありがとうございます。」
涙声でお礼を言って、俺の下にやって来た。
「ねぇ、二回目のキス。大人過ぎたかな?」
俺が差し出したティッシュペーパーで、涙を拭きながら、大きな目で俺に問いかける。
さっきまで演じていた女子高生の役とは随分違う、声と態度。
「監督がOK出したんだから、大丈夫なんじゃ無いですか。」
「そう言う事、言ってるんじゃないんだよね。」
俺の言葉に不満全開の声で呟く。
そんな事、分かってる。
高校生を演じているが、実年齢は24歳。
制服姿に違和感は無いが、大人なのは事実。
だから、激しいキスが高校生に見えないかもしれないと懸念したのだ。
佳子は、14歳でデビューしてから今まで、ほとんどの役で制服を着ている。変わったのは、生徒5から役名が与えられるポジションになった事と、キスシーンが増えた事。
俺は、そんな佳子をサポートする、新人マネージャー。水谷照弘。
最初のコメントを投稿しよう!