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配線を終わらすと、もう時計は日付を変えていた。
明日のスケジュールは午後からだが、睡眠は沢山とった方がいいに決まってる。
「じゃ、帰るから、しっかり寝ろよ。」
映るようになったTVを、確かめるように操作している佳子の背中に声を掛けて帰ろうとした。
「ちょっと待って。もう一つお願いがあるの。」
「何だよ。俺は便利屋じゃねーんだぞ。」
面倒くさい気持ちを全面に出して、振り返る。
佳子は、配線のお願いをした時とは違う顔で、俺を見て、もう一つのお願いを言った。
「エチュードに付き合って。」
エチュード。
それは演技のレッスンの一つで、出されたテーマで即興の芝居をする事。
「はぁ?俺、役者じゃねーし。頼む相手を間違えてるぞ。」
佳子のお願いを、呆れながら断った。
「照はお芝居しなくていい。私に合わせて、いつもの自分で返して。」
「いや、いや。そんなの絶対無理。」
「お願い。こんなの、照にしか頼めない。」
佳子は俺のジャケットの袖を掴むと、真っ直ぐ見上げて頼んだ。
「ラブシーン。だから。」
えっ?
佳子は驚いて固まった俺にキスをした。
えっ?
頭が真白になるって、こういう事?
一瞬で状況が分からなくなる。
「私、照が入社してきた時、直ぐに分かったよ。小さい体全身で、私を守ってくれてた照だって。」
俺の胸に顔を埋めながら、細い腕で俺を抱きしめている佳子は、もう演技をしているのか?
「私、あの頃からずっと、照に認めてもらいたくて女優になったの。戦隊ヒロインにはまだ成れて無いけど、今、照と一緒に戦えてる。」
佳子は俺の頬を両手で包むと、今度はゆっくりと長いキスをした。
「私、今まで誰とキスシーンを撮っても、心が動くことは無かった。でも、大人になった照を目の前にすると、キスシーンをするたびに心が痛くなるの。今日のキスシーンも、苦しくて、苦しくて、おかしくなりそうだった。」
俺は、真っ白になった頭で一生懸命、佳子の言葉を理解しようと考える。
でも、そんなの無理で。頭の中にあるのは、佳子の唇の柔らかさと、佳子の付ける香水の香りだけ。
「こんな状態じゃ、ベッドシーンなんて出来ない。だからお願い。私がちゃんと戦えるように、照を教えて。」
「佳子。これは演技なのか?」
ようやく出た言葉は、確かめなくても分かる事だった。
佳子の演技と素顔の違いは知っている。
それはマネージャーになるずっと前から。そう、俺が細くて小さい体全身で、佳子を守って遊んでいた、幼稚園の頃から。
俺と佳子は、同じ幼稚園に通う幼馴染みだった。俺が小学2年生の時に両親の離婚で転校するまで、よく一緒に遊んでいた。
それ以来、会う事も、連絡を取る事も無かったけど、佳子がTVで女優を目指すきっかけを話しているのを見て、確信した。
あの時のカコだと。
戦隊ヒーローに憧れて、いつもレッド役をしていた俺は、4人の仲間と一緒に、悪者から一般市民を守っていた。
佳子は、俺たちから一番多く守られた、一般市民だった。
その時のピンク役は、髪が長くて、いつもピンクの服を着ていたララちゃん。当時放送していたピンク役の女優さんと髪型が同じだったので、子供ながらにピンク役にスカウトした。佳子も何度かピンク役をねだったが、当時ショートカットだったため、イメージに合わず、ピンク役をさせたことは無かった。
「戦隊ヒロインになりたくて、女優になりました。」
どのインタビューでもそう答えている佳子は、確かにあの時のカコだった。
髪が伸びて、色が白くなって、口調はハッキリしたけど。ショートカットで、日焼けしていて、舌ったらずな口調で話す。一般市民の女の子のカコの面影はしっかり残っていた。
佳子が女優になるきっかけを、俺が作ったのだと勝手に思い込み、着実に女優として実績を積んでいる佳子を支えたいと勝手に夢を見て、佳子の事務所に就職した。
名字も、容姿も子供の頃とは随分変わった俺は、佳子には気付かれていないと思っていたのに。
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