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麗鳥製薬のシンボルである、ゆるキャラ系の鳥『レイチョくん』のマークが入ったバトルスーツのような服から。素顔を隠すかのように顔にかかるバイザーから。何かの冗談のように背中に生えている、翼まで。
全てが、赤に彩られていた。
というか、バトルスーツが。
「ダボダボなんスけどーッ!?」
「ああ、レッドは百八十センチ前後の人を想定してたからね。キミ、百六十五くらいだもんね。衣装係の御花畑君に言って、後で直してもらうね」
気にしている身長の事を指摘されてグサリときたとか、衣装係って何? 御花畑君て誰? とか。
そんな一連の突っ込みは、ある一つの単語に、辺の頭から吹っ飛ばされた。
「あ、あの、レッドって、もしかして、オレが」
「うん!」
ぐ、ぎ、ぎ、ぎ、とぎこちなくこうべを巡らせる辺に、葛城長官は、その頭よろしくまぶしいばかりの笑顔で、頷き返した。
「キミこそが、『麗鳥戦隊Mバード』のリーダー、レッドイーグルね!」
「正体バレバレー! ていうか、MバードのMって何の略ッスかー!?」
「やっぱりミラクルかマジカルですよね。マゾじゃないですよ」
辺の絶叫などどこ吹く風、事務のお姉さんが、可愛らしく小首なんか傾げながら、年頃のお嬢さんが口にしてはいけない言葉まで、けろりと言ってのける。
「はっはっは、これは一本とられたな、静香くん」
葛城長官がノンキな笑い声をあげる。
お姉さんの制服の胸ポケットには、『阿部』という名札がついている。そして下の名前は静香というらしい。つまり彼女のフルネームは阿部静香という事か。己の身に起きた現実を受け止めきれない辺の思考が、逃避を始めた時。
ヴィーン、ヴィーン、ヴィーンと。
明らかに何かよからぬ事を知らせるのだろう古臭いブザー音が、開発十四課の室内に響き渡った。
すると、途端に静香が表情を引き締めて、手近なパソコンの前に座る。
「長官、敵襲です」
「ついに来ましたね」
葛城長官の声も、心もち緊張気味だ。だが、しかし。
「ついに?」
その一ヶ所の突っ込みどころを、辺は聞き逃さなかった。
もしかして。いや、もしかしなくても。
「今まで、敵襲無いのに用意だけしてたって事ッスか?」
「はっはっは、備えあれば憂いなし、ですよ」
眉をひそめる――実際はバイザーの下に隠れて見えないのだが――辺をなだめるように、葛城長官は片手を振り振り。
「第一、肝心のレッドがいないのに、戦隊として出撃できる訳ないじゃないですか」
確かに、レッドのいない戦隊など、イチゴの無いショートケーキか駅伝の無い正月のようなものだ。そう考えたところで、はたと気づく。
「あの、もしかしなくても、オレ一人で行かなくちゃいけないんスか」
「いやいやいや、さすがに新人さんにそこまで押しつけられません、ワタシたちも行きますよ」
えっへんと胸を張ると、葛城長官はいそいそとスーツの上着を脱いで、迷彩柄のツナギを着込み始める。長官自ら現場に出向くとは、実に足手まとい、いやいや、勇気あふるる行動である。
だが、ワタシ「たち」? と辺が鼻に皺寄せると、気づいたらしい、葛城長官は、にぱーっと輝く歯並びの良い笑顔を、こちらに向けた。
「大丈夫大丈夫」
その視線を追うと、そこには、阿部静香が、余裕の笑みをうっすら浮かべて立っている。
まさか。
辺が思い至るより先、静香は、左腕をすうっと宙に舞わせた。その手首には、辺と同じ、だが色が桃色の、Mレイザー。
「変身!」
凛としたかけ声と同時、ぶわーっと薄いピンクの光の羽根が静香を包み込み、バトルスーツへと変化してゆく。
辺とは違い、女性ものらしくピラピラした衣装。妙齢の女性の膝上丈スカートは、見ているこっちが恥ずかしい。そして、頭のバイザーには、お腹から出ていたら某芸人になってしまう、白鳥の首がにょっきりと生えていた。だがどちらかというと、確実に、白鳥座だ。昔の有名少年漫画も多少かじる辺には、そう思えた。
そこではたと現実に立ち返る。彼女もMバードの一員という事は。
「あの、阿部さんも」
「ピンクスワン」
「……ピンクスワンもレポビタンMを飲んだんスか?」
静香自身に静かに訂正されて言い直し、辺は訊ねる。
「はっはっは、まさか」
疑問に答えたのは、葛城長官だった。
「ワタシだって女の子にそんな危険な事させませんよ。レポビタンMは、Mバードの中で最強の力を持つ、責任重大なレッドを選出するための専用判定薬です」
やっぱり人体実験そのものじゃないか。しかも危険って認識あるのかよ。何が気軽にできるお仕事だ。
辺が恨み言を脳内で垂れ流してフラフラよろけている間に。
「さあ、レッドイーグル、ピンクスワン、行きましょう!」
自身は変身せずに、一体何をするつもりなのか、背に大荷物をかついだ葛城長官が、意気揚々と宣言した。
「Mバード、初出動です!」
プライドを金で売った男、夕城辺。
だがこれは、これから始まる大騒動の、ほんの序章に過ぎなかったのである。
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